台本はよく出来ているが、個人的に非常にいけ好かない映画だと思った~『アルプススタンドのはしの方』

 『アルプススタンドのはしの方』を見てきた。高校演劇で賞をとった戯曲の映画化である。元の舞台は未見である。

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 もともとが高校演劇の戯曲ということで、短い作品だ。演劇部のあすは(小野莉奈)とひかる(西本まりん)、元野球部の藤野(平井亜門)、優等生の宮下(中村守里)を中心に、高校野球の観戦をしながらいろいろな人間関係が浮き彫りになっていくというような会話劇である。試合の様子は一切映らず、この4人と数名の他の生徒や教員のやりとりだけで展開する。

 非常によくできた台本で、演技などもしっかりしてまとまりのある映画なのだが、私は個人的な趣味として全く好きになれなかった。というのも、この作品は高校生が強制的に高校野球を見に行かされることを「良いこと」として正当化する話だからである。あすはとひかるは全く高校野球に興味がないのに学校の命令で観戦させられており、最初の部分ではそうした高校野球の特別扱いに対して演劇部として批判をしているのに、藤野や宮下とのやりとりを通してだんだん試合を頑張って応援するようになる。そして、この試合を応援するということが、本人たちが演劇部で抱えていた問題を乗り越えることにつながる…という展開になっている。

 正直なところ、私はこの話の展開を見て、なんて優等生的で保守的な展開なんだろう…と思った。最初は高校野球の強制観戦に批判的だった2人が試合を見ることで成長するって、批判精神を持っていた生徒たちが学校という共同体の秩序に順応するプロセスを良いものとして描いた、極めて道徳的かつ共同体中心主義的な作品だ。まあ高校演劇で賞をとる作品なので、高校野球が日本でものすごく特権化され、それがさまざまな問題を生み出していることの批判はできないのかもしれない。興味がないことを無理矢理やらされていた演劇部の生徒たちが同級生を応援するようになるというのは、教育の一環として演劇をやっている人たちには美しい展開なのだろう。しかしながら私は高校時代、図書委員だった時、見たくもない野球を暑い日に見せられたイヤな思い出があり、高校野球がそういうふうに特権化され、生徒が観戦を強要させられているのはバカげていると当時から思っていたし、今はさらに強くそう思っている。私はこんな映画じゃなくて、高校野球をサボって楽しい思いをする演劇部員の映画が見たい。私が唯一好きなジョン・ヒューズ映画は『フェリスはある朝突然に』なのだが、まあ高校演劇ではフェリスはできないんだろうな…

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フェリスはある朝突然に (字幕版)

フェリスはある朝突然に (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

本日より早稲田大学演劇博物館シェイクスピア講座の受付開始です

 本日より、早稲田大学演劇博物館シェイクスピア講座の受付開始です。10/27の夜にオンライン開催です。予約すれば無料ですので、お気軽にお申し込みください。異性配役などについて話します。

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 高田馬場経済新聞にも告知記事が出ています。

https://takadanobaba.keizai.biz/headline/505/

『朝日新聞』の記事でひろしまタイムラインについてコメントしました

 本日の『朝日新聞』の記事でひろしまタイムラインについて演劇の観点からコメントしました。演劇としてはダメだろうという話をしています。ただ、リード文でひろしまタイムラインの監修者が演出家だという基本情報が触れられていないので、私のコメントが超わかりづらくなっています…

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コンプソンズ『WATCH THE WATCHMEN』配信アフタートークに出ます

 10/17に配信されるコンプソンズ『WATCH THE WATCHMEN』19時の回のZoomアフタートークに出ます。Zoomアフタートークは初めてです。ライヴ上演のほうはてあとるらぽうで9/29-10/4に実施だそうです。

www.compsons.net

 

音楽はいいが…メトロポリタンオペラ『ウェルテル』(配信)

 メトロポリタンオペラの配信でマスネのオペラ『ウェルテル』を見た。リチャード・エア演出、アラン・アルタノグル指揮で、2014年に上演されたものである。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』が原作で、アルベール(デイヴィッド・ビズィッチ)と既に婚約しているシャルロット(ソフィー・コッシュ)に恋したウェルテル(ヨナス・カウフマン)が失恋して自殺するまでを描いた作品である。

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 奥行きをうまく使い、プロジェクションも使った舞台装置は魅力があり、とくにダンスのところで背景のプロジェクションによって動きをつけているのは面白かった。音楽はとても良く、最初に出てきたクリスマスの歌が最後にまた出てきて話が閉じるあたりの構成もうまい。ウェルテル役のヨナス・カウフマンは深みのある歌声で、大変ロマンティックで表情豊かだし、他の歌手たちもとてもしっかり演じている。

 ただ、個人的な好みとしてあまり台本が好きになれない…というか、終盤、シャルロットがウェルテルの意図に感づいているのに、銃を渡してその後すぐウェルテルの家に行ったらウェルテルが自殺している…というあたりは展開がバタバタしすぎなのではないかという気がした。原作から変更があるのでそのせでちょっと整理されていない印象を受けるのかもしれないが(原作は高校生くらいの時に読んだきりなので細部は覚えていないのだが)、そうは言ってもシャルロットは自分のせいで人が死ぬかもしれない事態だというのに、あんまり賢明かつ迅速に行動しているようには見えない。全体的にシャルロッテは美人で家庭的なわりと型にはまった感じの女性で、あんまり魅力のあるヒロインではないように思った。

上昇志向と音楽~『わたしの耳』

 ピーター・シェーファー『わたしの耳』を新国立劇場で見てきた。シス・カンパニー公演で、演出・上演台本はマギーである。1962年の作品で、登場人物は3人だけで、85分くらいの短い芝居である。

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 ボブ(ウエンツ瑛士)がクラシックコンサートで会ったドリーン(趣里)を部屋に招待し、会社の友人であるテッド(岩崎う大)に手伝いを頼むが、ボブはドリーンとあまりうまく話せず、一方でテッドはけっこうドリーンにうまく取り入って…という様子を描いた作品である。前半はかなり笑えるところが多いのだが、後半はどんどん不穏な雰囲気になっていく。芝居の最後のほうではおそらく全員がウソをついている状態になり、かなり印象的にイヤな感じで終わる。

 調子はいいがマンスプレイニング野郎のテッドと、引っ込み思案で女性を理想化しがちなボブは対照的なキャラクターなのだが、2人とも違う意味である種の「有害な男性性」的なものを備えており、また異なる形の上昇志向を持っている。テッドの上昇志向はわかりやすく、ガツガツ働き、保守党支持者で社員なのに経営者目線であり、フランス語の夜学に通い、いつも知識をひけらかしたがる。一方でボブの上昇志向はわかりづらい…というか、ボブは仕事上の野心はあまりなさそうなのだが、クラシック音楽が好きで、オーディオに凝っている。ボブはロウアーミドルクラスくらいの青年で全然金持ちではないのだが、ビートルズがデビューした1962年にクラシックが好きというのはかなりポッシュな好みで、自分の階級に居心地悪さを感じているのではないかと思われる一方、たぶん仲間からはつまはじきにされるオタク趣味を持っている。ボブもテッドも方向性は違うが、出身階級に馴染めていない男たちだ。あまり自覚のないテッドに比べてボブはこのへんをものすごくこじらせており、クラシックコンサートで会ったドリーンを同好の仲間だと思い込んでまつり上げるが、実はドリーンは全然クラシックに興味がない。このあたり、気の毒だがかなり困った人でもあるボブをウエンツ瑛士が非常に細やかに演じている。テッドもドリーンもそれぞれ大変しっかりした演技で、見応えのある作品だった。