ユタ出張(4)ユタシェイクスピアフェスティヴァル、音楽の使い方がかなりイマイチな『ヘンリー六世第一部』

 ヘンリー・ウォロニッツ演出『ヘンリー六世第一部』を見てきた。

 全体的に、衣装とか小道具は中世風なのだが、音楽だけ現代のポップスを使っていて、それが全然有機的に場面に組み込まれていないので、見ていてけっこうイマイチだと思った。とくに大音量で音楽をかけるせいで台詞が聞き取りづらくなるところもあり(野外劇場だと台詞が拡散しやすくなるし)、音楽のせいでずいぶんわかりづらくなっていると感じた。

 唯一良かったのはトレイシー・レイン演じるジョーン(ジャンヌ・ダルク)で、銀の鎧に身を包んで颯爽と戦うところが魅力的だ。台詞回しも強力で、幻影を呼ぼうとするができなくなってしまったジョーンが失望する場面などは大変良かった。けっこうテクストはカットされており、最後にジョーンが命乞いをすべく、自分は妊娠していると主張していろいろな男性を自分の子供の父親としてあげるところはかなり短くなっていた。台詞をカットしているせいで、原作のトリックスターみたいな雰囲気が薄くなり、シリアスなキャラクターになっていたと思う。
 

とにかく不愉快だったが、コンセプト的にはそれでOKなのかも〜ゲッコーパレート『ヘンリー六世』

 北千住アートセンターBUoYでゲッコーパレード『ヘンリー六世』を見てきた。

 BUoYの地下はほとんど何もないブラックボックスで、舞台もないので平たい部屋のいろいろなところでアクションが行われる。観客はアクションの場所に応じて移動して見ることになる。お茶とお菓子も出たりする。少人数の役者でとっかえひっかえいろんな役をやる。

 『ヘンリー六世』三部作を一時間半くらいでやるというものなのだが、話を伝えるのはほとんど放棄しており、ダイジェストにもなっていない。途中から時間が逆走するし、キーになる場面のはずの花選びの場面もないので、政治的な含意は全くわからなくなっている。一方でヘンリー六世はちゃんと視点人物として存在はしているので、とにかく無力でバカなヘンリー六世にムカつく展開になっている。とくに終盤は前半で死んだはずの人たちが死ぬ場面がもう一度出てきた後、親子が殺し合う凄惨な場面で何もせずボーっとしていただけのヘンリー六世が「オレのほうが悲しい!」みたいに嘆くところで終わるので、私は全くものすごくムカついてヘンリーさっさと死ねやクズみたいに思ってしまった。とにかくヘンリーの行動が不愉快な『ヘンリー六世』になっていると思う…のだが、おそらく楽しい芝居とか政治的な芝居を作るつもりはなかったのだろうと思うので(そうだったらあんな傍観者ヘンリーを中心にはしないだろう)、コンセプト的にはそれで正しいのかもしれない。

 しかしながら正直、『ヘンリー六世』三部作をこういうふうに上演するのが面白いとは全く思えなかった。やたらに時系列をいじくる上演はもう飽きたし、よっぽど工夫しないとつまらないと思う。さらにそれって薔薇戦争サイクルでやることなのだろうかと思う。『ハムレット』みたいなたまに時間止まる芝居なら時系列をいじくってもけっこう成立するし、ゲッコーパレードが前にやった『ハムレット』は同じ調子で古民家を使ってスラップスティックな感じにしていてわりと良かったと思うのだが、薔薇戦争サイクルみたいな、不可逆なはずの歴史なのになぜか最初に戻ってしまうみたいな不条理な殺し合いの芝居をさらに循環させてなんか意味あるのかと思う。

強迫的反復〜シアター風姿花伝、カクシンハンによる薔薇戦争サイクル一挙上演(ネタバレあり)

 シアター風姿花伝でカクシンハンによる薔薇戦争サイクルの一挙上演を見てきた。シェイクスピアの作品のうち、『ヘンリー六世』三部作と『リチャード三世』は薔薇戦争を扱っているので薔薇戦争サイクルと呼ばれることがあり、これはひとまとめに論じられることも多いのだが、日本では人気作『リチャード三世』以外はあまり上演されることがない(『ヘンリー六世』最初の二作はこの間板橋で上演されたはずだが)。薔薇戦争をまとめて短縮版で上演というのはイギリスでは行われているのだが、それも私は観たことないし、蜷川版の上演の時は私は日本にいなかったので(あとでDVDでは見た)、ちゃんと薔薇戦争を全部最初から最後まで生で見たのはこれが初めてである。朝11時から19時40分まで、とびとびに全部で2時間15程度の休憩が入る以外はほぼ劇場で過ごすというタフな上演スケジュールだが、薔薇戦争一挙上演というだけで研究者としては十分アガってしまう。

 とりあえず薔薇戦争サイクルは、イングランド王家がヨークとランカスターに分かれ、それぞれの一族内でも仲違いして敵についたり足の引っ張り合いをしたりしつつ戦争や暗殺を繰り広げる、まあマフィア映画かヤクザ映画みたいな感じの戯曲である。最初に出てきたヤツは最後までにたいてい死んでおり、ほぼ自然死は無い。殺され方もかなりむざんなものが多い。

 セットはシンプルな白い舞台で、右の奥にはスロープ、左下には生演奏のドラムを設置するところがある。トラップドアが2つあり、そこを奈落にして死んだ人を降ろしたり、下からテーブルなんかを出して舞台に高度差をつけることもできる。岩だか紙だかゴミだかわからないようなくしゃっとしたものが壁にくっついており、荒れたイングランドの国土を思わせるところがあるセットだ。

 カクシンハンのバージョンでは、『ヘンリー六世』三部作についてはそれぞれの戯曲を1時間15分〜20分程度のダイジェストにし、『リチャード三世』は2時間40分に縮めている。『ヘンリー六世』については、第一部と第三部のまとめ方はけっこう良かったと思うのだが、第二部でジャック・ケイドが出てきてすぐ引っ込み、どうなったのか明確にわからないというのはあまりよくなかったと思う。せめて鎮圧されたことを丁寧に台詞で説明するか、無理ならケイドは全部カットしたほうがいい。『ヘンリー六世』第二部のジャック・ケイド関連の筋では、「弁護士は全員ブッ殺せ!」(これを言うのはケイドじゃないが)という有名な台詞を含んだムチャクチャな場面があるのだが、見せ場のひとつであるここを実際に舞台でやらないならカットしてしまっても話の進展に問題は出ないのではと思う(初演のお客さんにとっては有名事件がないと物足りなかったのだろうし、テーマとしてはケイドは重要なのだが、三部作の筋を流すほうではそこまで関係ない)。

 第一部についても、ジャンヌがバーガンディを説得するところは見せ場の1つだと思うのにカットされており、まあたしかに本筋にはあまり関係ないのだが残念だった。『リチャード三世』のほうは、老マーガレットが女たちに呪い方を伝授するため(呪いを練り上げるため)「子どもたちが実際よりもっと可愛かったと思え」と教える台詞がカットされており、ここは非常によく書けた台詞だと思うので少し残念だった。また、リチャードがエリザベス王妃を口説き落として娘であるエリザベス王女との縁談を実行に移そうとするところがカットされており、ここを減らすとエリザベス王妃役の女役(岩崎MARK雄大が女役で、けっこう良かった)の活躍が減るのでそこも少々物足りなかったかな。

 全体の出来については、やはり上演回数が多くてこなれてきている『リチャード三世』が一番良くて、『ヘンリー六世』第二部の部分が一番良くなかったように思う。『リチャード三世』は長い上演の最後なのに役者のテンションがほとんど下がっていなくて感心したが、『ヘンリー六世』第二部は台詞忘れが二度ほどあり、さらにカットが多いせいなのかちょっと流れが悪くて全体的に焦っているところやスムーズさに欠けるところがあったように思う。

 演出としては、まあ薔薇戦争を全部やると必然的にそうなってしまうのかもしれないが、とにかく濃い陰謀と殺人がひたすら繰り返されるので、全体的に強迫的な反復みたいなものを感じた。しかも二度目からはより残虐かつよりエネルギッシュになる反復で、反復によって憎悪が疲れて弱くなることが無い。「いやもうさっきも裏切ったよね?」とか「さっきも殺したよね?」と言いたくなるようなところが何度もあるのだが、そのたびにブラックユーモアが増えており、殺し方もエスカレートするので笑うしかない。とくにリチャードが死体のケツに火薬を詰めて爆発させる場面は笑ってしまった。

 『リチャード三世』の終わり方はかなり独特だった。最後にリチャードが殺害者リッチモンドに抱きしめられたあと、ほぼ亡霊みたいになって「馬をくれ…馬…」みたいなことをブツブツ言うという終わり方になっているが、ここも非常に強迫的な反復を感じさせるものになっている。馬は移動手段で、それをいまだにリチャードが求めているということは、リチャードは死んだ後も去ることができず、大地をさまよう亡霊になったということを意味しているように見える(自分が殺した人々の仲間になったと言えるかもしれない)。亡霊がさまよい続けるイングランドの大地に安寧が訪れる日はあるのだろうか、またすぐに殺戮や陰謀の繰り返しが始まるのではないだろうか…とちょっと不安を感じさせるところがある。

 一方で細かいところに繊細さがあり、とくに『リチャード三世』はよく詰められている。インターミッションに日の丸(言われてみれば、使われてる色はイングランドの旗と同じだな!)が出るちょっとした政治的諷刺なんかもよく考えられているし、自分の容姿に自信がなくてすねているリチャードの独白なんかも心情が非常によくわかるものになっている。また、リチャードの良心に関する演出が、私が今まで見た他の演出に比べてもかなり丁寧である。リチャード三世が王子殺しの報告を聞いた後に思わず嘔吐してしまうという演出は、芽生えかけたリチャードの良心の呵責をうまく示すもので、その後のまるで恐ろしいサーカスみたいな亡霊の場面でリチャードの忘れかけていた良心が爆発するところにうまくつながっている。

 役者はいろんな役をひとりでこなしており、男役も女役もひとりでやったりする。色男のサフォークと大役リチャードをこなす河内大和は最後までエネルギッシュだったが、意表をつくボーナ姫役での登場はなかなかに面白かった。とくにボーナ姫が婚約を断られた後急に太い声で激怒するところは笑えた。真以美がジャンヌ・ダルク、『ヘンリー六世』三部作のほうの若き日のマーガレット、『リチャード三世』のアンとリッチモンドを演じているのだが、これらの役のうちジャンヌ、若い頃のマーガレット、リッチモンドは一目で他人をとりこにするカリスマ的な魅力を持っているという共通点を有している。とくにリッチモンドはある種の母的な包容力(普通の包容力ではなく、ちょっと逸脱的というか風変わりな包容力なのだが)と武勇を兼ね備えた存在として描かれており、武勇の乙女ジャンヌと闘う母マーガレットを統合する存在として登場しているのかなと思った。

 まあそんなわけで、全体的には疲れてへとへとになったがとにかく腹一杯になる薔薇戦争であった。欠点ももちろんあるが、見て損は無いし、とくに『リチャード三世』のできばえは大変よかったと思う。

 ちなみに今回はご招待でプログラムも頂いた(私が前にカクシンハン『ハムレット』について書いた劇評に関して、日本シェイクスピア協会から劇団への献本がないそうで、私が自費で献本したのでそのお礼にご紹介頂いた)。今まで芝居に招待されたことが四、五回くらいしかないので(ほとんどは仕事を請け負った劇場とかからお礼の招待)、招待されたからといって甘くなるようなことはないように厳しく批評家らしい態度でのぞもうと思ったのだが、何しろ6時間半もかかる芝居だと足も腰もヘトヘトになってなんか途中からそういうレベルではなくなった(あの長さで本当につまらなかったら皆途中で出てくわ)。また、頂いたプログラムには吉田鋼太郎のものすごいハラスメント発言が載っていて一箇所ドン引きしたのだが、それ以外では役立つ情報もけっこうあったし、また幕間で「劇中でポンフレットに送られたという台詞がありましたね!つまりパンフレット!」というようになんかステマというにはあからさますぎる宣伝が行われていたのには笑ってしまった。

台詞回しが悲惨〜板橋演劇センター『ヘンリー六世・第一部』

 板橋演劇センター『ヘンリー六世・第一部』を見てきた。ヘンリー五世亡き後のイングランドとフランスのゴタゴタを憎々しく描いた作品である。

 全体的にかなり台詞回しが悲惨で、とくに前半は大丈夫かと思うくらい台詞を忘れたりつっかえたりする役者が多く、興ざめだった。難しい台詞が多いせいかやたらに滑舌が悪くなってしまったり、もたついてしまう場面も多く、オーヴェルニュ伯爵夫人とトールボットの場面とかはなんかもうカットしたほうが良かったんじゃないかというようなしまりのなさだったと思う。一番ヤバかったのは舞台にいない人がしゃべって声だけ聞こえるという演出の場面で、マイクの前で役者が話して音を出していたのだが、どうも途中で台詞を忘れたのか止まってしまい、その後マイクが台本とおぼしき紙をめくる音を拾っていた。いくらなんでもひどくないか…

 後半は少し台詞がなめらかになって良くなっていたし、フランス軍、とくにジャンヌやシャルルはなかなか表情豊かだったと思う。サフォークがかなりコミカルでエネルギッシュな作りで、マーガレットの前で右往左往する演出も良かった。ただ、やっぱり全体的にもうちょっと台詞を忘れたりつっかえたりしないようにしてもらわないと…

バンクサイドローズ座『ヘンリー六世 第一部』

 バンクサイドローズで『ヘンリー六世 第一部』を見た。この演目を舞台で見るのは初めて。


 この演目は大きい舞台が必要なので、いつもは使わないローズ座の遺跡部分(ローズ座に行ったことがない人には非常にわかりにくいのだが、ローズ座は昔の劇場遺構にちっちゃい上演場所がくっついている。役者が動ける場所は前方の非常に狭い一画だけで、舞台の後ろにしめっぽくて丸い土の遺跡が広がっており、普段はここには入れない)も使用。スケール感は少し増えたが、遺跡の奥で芝居をする場面は非常に見えにくかったな…

 思ったよりも面白かったのだが、ちょっとヘンリー六世って英語で見るには難しい演目だなと思った。人が多いし、言い回しもシェイクスピアの初期の作品で後期のこなれた感じと違うし、あらすじも複雑だし…もう一度ちゃんと読み直したい芝居かも。

 役者はまあまあで、タルボットがとくに非常にパワフルで良かったように思う。ジャンヌ・ダルクは悪くはないがもうちょっと工夫が必要かな…この演出ではジャンヌをコミカルな役どころにしておらず(そういう演出も多いはず)、愛国心のために悪魔に魂を売った女性として描かれていたと思う。こういう解釈だと演出次第でいくらでもドラマティックな役柄になるだろうと思うのだが、中途半端というか台詞回しなどにめりはりが少なく、とくに最初のほうはもっと派手にやらないとダメだろうと思った。最後のほうはジャンヌ関係の演出は結構良くなって、イングランド軍に逮捕され、錯乱してわけのわからないことを口走る場面とか(ここは本来笑える場面のはずなのだがそうは演出してなかった)、一番最後の場面で暗い遺跡のど真ん中を歩きながら煙の中に消えていく(←磔刑を連想させる)という演出は非常に印象的だった。

 しかし、ローズ座はもうちょっと服飾デザインを工夫したほうがいいんじゃないのかな…イングランド軍もフランス軍もユリの紋章の服を着ていたせいで混乱するし(色が違ったが)、白を基調とした安っぽい衣装が多いのはいただけない。前の『エドワード二世』も着ているものはイマイチだったと思うのだが、現代ふうの衣装を中心にした『アントニークレオパトラ』はそう悪くなかったと思うので、ヘタに衣装作らないで現代の服をアレンジしたほうがいいんじゃないだろうか。