Get ye flocks off, get ye flocks off, honey〜『ひつじのショーン〜バック・トゥ・ザ・ホーム』

 『ひつじのショーン〜バック・トゥ・ザ・ホーム』を行きの飛行機の中で見た。 

 主人公はひつじのショーン。ショーンと仲間たちは農場主を眠らせてバカンスをとろうとするが、ひょんなことから農場主が寝ているトレイラーが暴走して街まで行ってしまう。農場主を連れ帰ろうとしたショーンたちも街に出かけるが、なんと農場主は記憶喪失を患ってショーンたちのことをすっかり忘れていた…ショーンたちは農場主と一緒の田舎での暮らしを取り戻すことができるのか?

 大きな街に行って戻ってくるというだけのたいへんシンプルな作りで、セリフがほとんどなくてサイレント映画みたいな演出で笑いを醸し出すようにしている。この間見た『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』なんかのプロットが異常に複雑だったことを考えると、こういうシンプルな話だけで笑わせてアクションでハラハラさせてちゃんと感動もさせるという作りはかえって洗練されて見える(既に何人がそう指摘している人もいるが、行って帰ってくるだけのプロットやセリフに頼らない作りは『マッドマックス怒りのデス・ロード』に似てるかもしれないが、あれよりもかなり笑いがある)。ストップモーションアニメで動き回る動物たちのかわいらしさと表情の豊かさは全く折り紙つきで、さらにストップモーションアニメの性質をふんだんに生かした突拍子も無いアクションや展開も笑える(ひつじたちが人間に変装して動物捕獲人を騙すあたりのドタバタぶりとかはなかなか実写では出ない味わいだろうと思う)。個人的には、ショーンがうちの田舎にいっぱいいるサフォークで、農場と街の関係もうちの故郷と旭川みたいな感じなのがウケた。

 ひとつ気になったのが、どういうわけだかショーンがバスで街に行く場面でプライマル・スクリームの'Rocks'が使われていたことである。全体的に音楽の使い方は上手で、ここも効いていたと思うのだが、何か気になる。あの意味はいったい…?ちょっと『ワールズ・エンド』の'Loaded'の使い方を思い出したんだけど、プライマル・スクリームって自由と冒険を表す音楽なんだろうか?

フェミニストとしてすすめる、フェミニズムに関心を持つための本5冊(3)フェミニスト批評編

 一昨日の「フェミニストとしてすすめる、フェミニズムに関心を持つための本5冊(1)物語・ノンフィクション編」と「フェミニストとしてすすめる、フェミニズムに関心を持つための本5冊(2)理論・学術・専門書編」に続いて、最後に「フェミニスト批評編」をやろうと思う。フェミニズムの文学批評は(というかよくできた批評の研究書というのはたいていそうだが)、普通に読んでいるとわからないような話の深い層を解き明かしてくれるものなので、別にフェミニズムにそんなに興味がない人であっても、本を読んだり演劇を見る時によりおもしろく考える助けになるのでとてもオススメだ。ただ、今回は文学・演劇以外の批評、つまり映画、美術、テレビなどを対象にしたものや、クィア批評に該当するものは便宜的に入れないことにした(こういうものはたぶんそれだけで5冊別に選んだほうがいい)。あと、日本語訳がないものとアンソロジーは除外したので、ブラックフェミニスト批評などが入らなくなってしまったのがとても残念だ。


ヴァージニア・ウルフ『自分だけの部屋』川本静子訳、みすず書房、2013。
 古典を読みたいという人向け。80年以上前に書かれた古典的著作である。フェミニスト批評のみならずフェミニズムの古典とされている著作である。女性がものを書くためには収入と自分だけの部屋が必要だ、というかなりミドルクラス中心的な話からはじまるのでちょっと受け入れにくいという人もいるかもしれないが、おそらくフェミニズムの古典の中ではこれは最も軽妙で機知に富んだ読みやすいもののひとつだと思う。ウルフはふだんはかなり難解で洗練された小説を書く大作家なのだが、このエッセイは小説にも見受けられる反逆の精神はそのままでずっとリラックスして一般向けに書いているので、ウルフ入門としてもいいかもしれない。


・エレイン・ショーウォーター『女性自身の文学―ブロンテからレッシングまで』川本静子他訳、みすず書房、1993。
 歴史に興味がある人向け。英国の女性小説家に焦点をあてたフェミニスト批評である。女性が男性のペンネームを使って著作を出していた時代から、先人の業績のおかげもあって女性として小説を出せるようになった時代まで、様々な切り口で女性の書き手たちの業績を再評価し、女性小説家の歴史を書いて見せる。タイトルは上にあげたウルフの著作にひっかけたものだ。

女性自身の文学―ブロンテからレッシングまで
E. ショウォールター
みすず書房
売り上げランキング: 910,770


・キャスリーン・グレゴリー・クライン『女探偵大研究』青木由紀子訳、晶文社、1994。
 ミステリに興味がある人向け。フェミニスト批評ではSFとかミステリ、ファンタジーといったジャンル小説の研究もかなり盛んで、この研究書はミステリに出てくるプロの女性探偵のみに焦点をあてたフェミニスト批評である。誰でも知ってるような有名探偵から、誰も知らないようなマイナー作品まで、ミステリの発展の歴史をふまえながら分析をしていく様子はとても面白い。

女探偵大研究
女探偵大研究
posted with amazlet at 15.06.21
キャスリーン・グレゴリー クライン
晶文社
売り上げランキング: 1,286,436


ジョアナ・ラス『テクスチュアル・ハラスメント』小谷真理訳、インスクリプト、2001。
 これ、原題はHow to Suppress Women's Writingということで、ハウツー本みたいなタイトルになっている。内容はいかに文学史において男性の権威を用いて女性の書き物を矮小化、簒奪してきたかということの歴史的検証である。軽い語り口で読みやすい本だが、内容は女性作家に対するかなり悪質な批判から、もっと微妙でちょっと考えないと気付かないかもしれないものまで、いろいろ含まれている。現在でもこの手の女性作家に対する嫌がらせはしばしば行われており、この本の訳者の小谷真理はその問題の直接の被害者である。*1

テクスチュアル・ハラスメント
ジョアナ ラス
インスクリプト
売り上げランキング: 447,631
 


・サンドラ・ギルバート、スーザン・グーバー『屋根裏の狂女―ブロンテと共に』山田晴子、薗田美和子訳、朝日出版社、1986。
 これもフェミニズム批評の金字塔と言われているものだが、その理由のひとつとして、フェミニズムの文学研究の中から出てきた極めて独創性のある業績だという点がある。いろいろな批評史の本などで言われているが、文学の批評理論というのはフェミニスト批評も含めて他の分野、例えば精神分析とかフーコーとかデリダとかから理論を天下りみたいに持ってくることで成立しているというものも結構ある。しかしながらこの著作はそういう外部の理論にあまり頼らず、文学研究生え抜きの読解技術とフェミニズムそのものの問題意識が切り結ぶところからそのまんま出てきたもので、非常にオリジナリティがある。ここで示されている精密な読解を参考にすれば、ブロンテが3倍は面白くなること請け合いだ。

屋根裏の狂女―ブロンテと共に
サンドラ ギルバート スーザン グーバー
朝日出版社
売り上げランキング: 775,339

 さて、これでシリーズ終了なわけですが、私がリストを作るとどうしても文学・歴史に偏るので、哲学系とか社会系とかでもフェミニストで本が好きな人は是非選書リストとか作ってほしいです。あと、もし希望があれば映画とか「女性史」とか「もっとたくさん小説をリストしろ」とかも可能な限り受け付けます。

*1:ちなみに、このエントリを作るきっかけとなったこちらのまとめで、フェミニズムの本をすすめるとかいう話なのに「その前にこれを読まないとわからない」的な調子で(おそらくフェミニズムに対してたいして興味もコミットメントもない人が)ロールズやセンをすすめてくるというあたり、私は『テクスチュアル・ハラスメント』の中でしばしば分析されている、男性の影響によって女性の業績を過小評価すること(「彼女は書いたが、男性に助けてもらった」)に通じる発想があると思う。「フェミニズムをやるためにはあれもこれも全部やれ」というのは、まあこのへんとかにもあるように、フェミニズムが何か他の思想(多くの場合、男性中心的な側面をフェミニズムに批判されているような思想)の派生物であるかのように扱う軽視や男性的と考えられる権威へのすり寄りの表れであったり、あるいはフェミニズムだけに対してやたらに過剰な知識を求めるいわゆる「マウンティング」であったりするのだが、まあフェミニズム以外の分野で(すごく学際的な議論をやってる場ならともかく、とくに初学者に対して)こんな要求がどの程度行われているかを考えるとその動機は実に怪しいものだ。昔はマルクスだったと思うのだが、最近はロールズなんだろうか。しかしマルクスロールズやセンは大変重要だと思うし、必要があれば読んだほうがいいと思うが、別にそれを読まないとフェミニズムについて学べないようなものではないだろう。

フェミニストとしてすすめる、フェミニズムに関心を持つための本5冊(1)物語・ノンフィクション編

 最近炎上していたこのまとめがとにかくひどい。

クソフェミ「まずは本を読め!」俺ら「どの本を?」のテンプレに答える本当にフェミニズムが学べる5冊の本

 とりあえずこのまとめのひどさはいくつもあるのだが、
・タイトルに「クソフェミ」というのが入っている時点で、フェミニズムを侮蔑する気が全身から汗のようににじみ出ている。真面目に謙虚さと疑いを持って学ぶ気はないようだ。
・そもそもフェミニストが「まずは本を読め」というのをテンプレ的に言ってくるという状況があまり想像できないが、それはともかくとして他の専門分野で妙なことを言うと「本を読んでから言え」と言われるのは当たり前なのに(宇宙、地震や火山、医学、歴史など)なぜフェミニズムだけこんなにウザがられているのか理解できないし、また関心があるという人に本をすすめるのは別に普通である。
フェミニズムについて知りたいくせにいきなりロールズやセンをすすめてくるのが意味不明で、男性の思想家の権威でフェミニズムを陰らせようというよくある差別かと警戒してしまう。しかも、フェミニズムについて知りたい人にフェミニズムがテーマじゃない本をすすめているので読むほうだって困るだろう。
ロールズやセンみたいながっつりした本をすすめた後でいきなりジェンダーの入門書をすすめるとか、まともな選書としてはあり得ない。あげられている『ジェンダー論をつかむ』は大学などで教科書としてよく使われている良い本だと思うが、入門書というのは初学者が読むものなので、初学者への教育方法とかに関心がない限り、たぶんロールズやセンを読み切ってこれからしっかり考えるぞーという人に教科書を薦めてもつまらないだろう。

 と、いうことで、こんなおかしなブックリストが学生などに真に受けられてしまうと困るので、フェミニズムに真摯に関心を持とうとしている人(はなからバカにするつもりの人たちは何を読んでも身につかないと思うが)に個人的におすすめしたい本を5冊、紹介したいと思う。これは三回シリーズになる予定で、一回目は「物語・ノンフィクション編」、二回目は「理論・学術・専門書編」、三回目は「フェミニスト批評編」になる予定である。できるかぎりやさしく、わかりやすいものを選ぶようにするが、ちょっと好みが入って偏るのは許してほしい。私の思想に合致しているかよりは読みやすいか、初学者にすすめられるか、バラエティがあるかを重視している。

 まず、今日は「物語・ノンフィクション編」をやろうと思う。私はフェミニズムに興味があるとか知りたいという人には、まずはいわゆる「フェミニズムについての本」ではなく、より女性の体験とか考えを個人的に、また場合によっては感動をもって理解できるような文学作品や映画をすすめることにしている。なぜなら私は何よりも芸術の力を信じているからであり、よくできた芸術作品は「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むる」(『古今和歌集』仮名序)ものだからである。優れた芸術作品は、いつもの自分を離れて他の立場になって考えたり、他の見方をもってものごとを考えたりする知性を与えてくれるものだ。

 そういうわけで最初は軽い気持ちで手を出せそうな読み物を5編、紹介しようと思う。最初はがっつり古典的な作品とかばかりにしようかと思ったのだが、自伝やノンフィクションが好きという人も世の中には多いので、そういうものも入れることにした。私の専門のせいで英語圏に偏ってしまうのはちょっと許してほしい。


マーガレット・アトウッド侍女の物語斎藤英治訳、早川書房、2001。
 SF的なものが好きな人向け。カナダの作家、アトウッドの小説である。ユートピア/ディストピア小説は様々な政治的思考を背景に発展してきたものだが、この作品はフェミニズムを軸として女性にとっての悪夢のようなディストピアを描いている。女性が完全に自由を奪われ、聖書原理主義に基づいて管理される近未来社会を舞台に、子どもを生む機械としてある司令官の家に配属された女性オブフレッドの抵抗を描く小説である。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド Margaret Atwood
早川書房
売り上げランキング: 197,499


・アリス・ウォーカー『カラーパープル』柳沢由美子訳(集英社、1986)。
 オーソドックスな小説が好きな人向け。アフリカンアメリカンのフェミニスト作家、アリス・ウォーカーの長編小説。1930年代頃のアメリカ南部の田舎を舞台に、貧困家庭の娘セリーが凄まじい虐待と差別を受けながらも他の女たちとのつながりによって人生を取り戻す様子を描いた作品である。人種差別と女性差別を克明に描いた作品なので(内容はかなり悲惨である)、アメリカでは図書館で最も検閲された本のひとつと言われている。面白いことに、書簡体という非常に伝統的な形式で描かれている。

カラーパープル (集英社文庫)
アリス ウォーカー 柳沢 由実子
集英社
売り上げランキング: 47,575


・ヘンリク・イプセン『人形の家』(複数翻訳あり)
 演劇が好きな人向け。19世紀末にノルウェーで書かれた戯曲だが、いまだに力を失っていない。仲むつまじい夫婦が主人公なのだが、夫が妻を自分と対等に扱っていなかったことが綻びるように明らかになっていった結果、取り返しのつかないところまで夫婦が破局してしまうという恐ろしい泥沼の家庭劇に、女性の人権、人間の意志の自由への希求を織り込んだ作品である。

人形の家 (岩波文庫)
人形の家 (岩波文庫)
posted with amazlet at 15.06.19
イプセン
岩波書店
売り上げランキング: 37,795
人形の家(新潮文庫)
人形の家(新潮文庫)
posted with amazlet at 15.06.19
イプセン
新潮社
売り上げランキング: 129,567



・マララ・ユスフザイ、パトリシア・マコーミック『マララー教育のために立ち上がり、世界を変えた少女』道傳愛子訳、岩崎書店、2014。
 ニュースや国際情勢などに興味ある人向け。女子教育は選挙権と並んでフェミニズムの最も大きな関心事のひとつだが、これはそうしたテーマについて考えるきっかけになる本だと思う。マララ・ユスフザイは女子教育を推進するためブログなどの活動をしていたら政治的暗殺の標的になったということで、若くして大変な苦労をした人なのだが、この本はとても平易でかつあまり暗くならない感じで書かれているので、読みやすいと思う。

マララ 教育のために立ち上がり、世界を変えた少女
マララ ユスフザイ パトリシア マコーミック
岩崎書店
売り上げランキング: 20,707


シェリル・サンドバーグ『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』川本裕子、村井章子訳、日本経済新聞出版社、2013。
 ビジネスに興味がある人向け。フェイスブックCOOであるシェリル・サンドバーグの自伝+ビジネス本で、女子労働についてフェミニズム的視点を持って書かれたビジネス本がベストセラーになったというのは画期的なことだと思う。非常にホワイトカラー志向の本なので抵抗もあると思うが、とにかくこれでもかこれでもかとデータや統計を出して女性が置かれている状況についてプレゼンするというスタイルは説得的かつ明確なので、読みやすさについては保証できる。

近代も前近代も、女を救わない〜『パプーシャの黒い瞳』(ネタバレあり)

 岩波ホールポーランドの映画『パプーシャの黒い瞳』を見てきた。

 1910年くらいに生まれ、80年代に亡くなった実在するポーランドのジプシー(ロマ)の女性詩人、パプーシャことブロニスラヴァ・ヴァイスの生涯を描いた伝記映画である。パプーシャはロマの娘としてジプシーキャラバンで旅をして育ったが、あるきっかけで当時のジプシーとしては珍しく文字の読み書きを習うようになる。父親ほども年上のジプシー音楽演奏家ディオニズィと強制結婚させられ、子どもが生まれないため戦災孤児を養子として育てるが、戦後に政治的トラブルでジプシーに匿われるようになった青年詩人イェジに詩才を認められ、一躍ジプシー詩人として名をあげる。ところがイェジがジプシーについての本を出版したことがきっかけになり、ジプシーの秘密を漏らしたとしてパプーシャはジプシー共同体を追放される。正気を失ったパプーシャは詩作をやめ、文字の読み書きなど習わなければ良かったと思いつつ貧困のうちに年老いる。

 全体的に全く救いがなく、激しい抑圧に押しひしがれるヒロインの悲劇的人生をひたすら淡々と描写する作品である。実につらいのは前近代的な社会においても近代的な社会においても、賢い女性には全く生きる道がないということだ。住所がなく、旅を続けるジプシーの社会はこの映画においては近代国家から外れたある意味で前近代的なものを象徴し、一方で定住を強いる社会主義ポーランドは近代国家を象徴すると思うのだが、ジプシー社会は全くユートピア的に美化されておらず、「一件自由な放浪者に見えるジプシーたちは差別の被害者ではあるが、弱者として身を守るためにものすごい閉鎖性を発達させていてその中には厳しい女性差別がある」ということが容赦なく描かれている。パプーシャは親に売られるようにしてろくでもないモラハラ男と強制結婚させられ、子どもが産めないからと言って殴られる。このクズ夫のディオニズィはパプーシャがお金をもうけたり、男としての自分の体面が関わるところではパプーシャを褒めたりかばったりするくせに、そうでない時は全然パプーシャの人格や才能を尊重しない。パプーシャは文字の読み書きを習うことによって自分の詩才を開花させたものの、その才能ゆえに共同体の掟を破ったとしてジプシーコミュニティから村八分にされる。一方で近代国家ポーランドもジプシーたちに定住を強いるだけで全然援助とかはせず、パプーシャの才能をいいように搾取するだけの権威主義的な体制だ。ポーランドの教育ある人々はジプシーの文化をおもしろおかしいものとしてあまり理解せずにそれこそ「消費」しているだけのように見えるし、年老いたパプーシャを小突き回してコンサートに連れて行くあたりも、パプーシャの詩才はポーランドの国策のために利用されただけのように見える。パプーシャの才能を理解しているイェジはディオニズィよりは若干マシな男に見えるものの、後先考えずにパプーシャの詩を売り出すあたり、非常に世間離れした芸術家タイプで、やはりパプーシャを(理想的な詩人としてだけではない)対等な人間として尊重してくれるような男ではないように見える(既婚者だしね)。中盤でパプーシャがこっそり本を読んでいるのを見つけた上流婦人が「聡明な女は生きづらい」とパプーシャに教える場面があるが(ここでベクデル・テストはクリア)、まさにこの映画に出てくる戦前戦後のポーランドにおいては社会のどこに属していようとも教育のある女にとっては生きる場所が無く、貧しいとさらにひどい抑圧を受けることになってしまう。

 こういうわけで、全体的に非常につらい映画だった。『アフガン零年』なんかもそうだが、ヒロインが受けている圧迫が半端ではないので、まるで見ているだけで石でも頭にのっけられているような気分になる。美しいモノクロ映像や効果的に使われている音楽がさらにヒロインの人生の悲劇性を浮き立たせていると思った。ただ、ひとつ思ったのだが、パプーシャは読み書きを習ったことを後悔しているが、もしもう一度人生を生きられるとしたら、パプーシャは文字を習わないことを選んだだろうか?パプーシャが文字を覚えたのは運命とか必然に近いものであって、だからこそこの映画は非常にオーソドックスな意味で悲劇なのではないかという気がする。
 

ウィレム・デフォーに尋ねないで自分で続き書けよ〜『きっと、星のせいじゃない』

 『きっと、星のせいじゃない』を見た。

 ヒロインのヘイゼル(シャイリーン・ウッドリー)は17歳だが末期ガンに苦しんでおり、毎日鬱々とお気に入りの小説『大いなる痛み』を読み返す日々。心配した両親に無理矢理サポートグループに連れて行かれるが、そこで出会った骨肉腫のガス(アンセル・エルゴート)と恋に落ちる。ガンの女性を扱った『大いなる痛み』の続きが気になるヘイゼルを見て、ガスは難病の若者の願いを叶えてくれるジーニー財団(たぶんこちらの財団をもとにしている)の願い事企画を使って二人でアムステルダムに行き、作者であるピーター・ヴァン・ホーテン(ウィレム・デフォー)に直接物語の続きをきいてみようと提案する。病気が悪化しつつあるヘイゼルの体調に留意しつつ、二人はヘイゼルの母フラニー(ローラ・ダーン)とアムステルダムに向かうが…

 全体的に難病ものなのだが全くベタベタしておらず、若い2人とその友人で病気のため失明してしまうアイザック(ナット・ウルフ)の軽妙な演技もあってかなり笑うところもある。とくにウッドリーの存在感はすごく印象的で、これからどんどんロマンチックコメディに出て欲しいと思った。一方で痛みや苦しみなどの描写はかなりきちんとしており、子どもの頃から病気と付き合っていた若者たちの文化を、言い方は悪いが全く特別視せずにごく「ふつう」のものとして提示しているところが良いと思った。全体的に「難病の若者の最後の願い」というテーマや星ネタは『ぼくが星になるまえに』に似ており、またまた軽妙なタッチは『50/50』を思わせるところもある。若干センチメンタルではあるのだが、若者向けのロマンチックコメディとしては十分見応えのある作品だ。


 しかしながらちょっと感傷に流れすぎだと思ったのは、この2人が小説の続きを知るためにわざわざアムステルダムに小説家を訪ねるというくだりである。アムステルダムでロマンチックなハネムーン…という描写はたしかに魅力があるし、訪ねてみたら小説家が飲んだくれでまともに話もできないくらいグレてるウィレム・デフォーだったり、アンネの家でヘイゼルがアンネと自分の生き方を重ね合わせて覚醒(?)したり、展開としては面白いのだが、英文学者的には「そんなもんわざわざ小説家にたずねないで自分たちで続きを書けばいいじゃんか」と思ってしまった。小説は世に出た時点で著者の手を離れるものだし、小説に感動し共感した若者2人が勝手に続きを決めたって何も悪いことはあるまい。どっちかというと続きをきかれて怒るピーターのほうがトラウマを掘り出されてるみたいでちょっとお気の毒な感じすらしてしまった。ヘイゼルはコミュニティカレッジに通っているらしいが、コミュニティカレッジの先生に小説の読み方をきいてみたらどうかねぇ…

補足:この映画はベクデル・テストをパスする。ヘイゼルとお母さんが病気とかの話をするからである。

ベネディクト・カンバーバッチ 僕が星になるまえに [DVD]
アルバトロス (2013-12-20)
売り上げランキング: 49,062
50/50 フィフティ・フィフティ [DVD]
Happinet(SB)(D) (2012-07-03)
売り上げランキング: 5,019

 

日本語版ウィキペディアで「ハート・クレイン」の項目に大幅追加しました

 アメリカ文学関係のスタブを日本語版ウィキペディアに乱造していたアカウント(今はブロック中)が作成した記事「ハート・クレーン」を普通アメリカ文学研究で使われている表記「ハート・クレイン」に改名し、英語版からの翻訳で大幅追加しました。クレインは同性愛者で、クィア批評などでとても注目されている著名詩人ですが、すっごく難解です。私もモダニズムセミナーで読んだことありますが、よくわからなかったです。

 しかし、他にも同アカウントにより名前だけ程度のアメリカの詩人記事が乱造されていて、きいたこともないような詩人もいるのでさすがに私一人でメンテナンスするのは無理ですわ…

アマゾンで各種文献・映画リストを作りました

 アマゾンで学生指導用などのためいろいろな文献リストを作って公開しました。

イスラームについて知るブックリスト…これは他の方のオススメ本を集めたもの。
シェイクスピアをこれから読む人向けの研究書20冊 …以前にやったこちらのエントリのリスト
英文学者が個人的にオススメする歴史映画10作+おまけ…こちらのエントリのリスト
食品の歴史…随時更新予定
異民族間恋愛を扱った映画
ミュージカルの基本図書
バーレスクの基本図書