messy連載に「男性に自由を奪われた「籠の鳥」〜チャイコフスキー『白鳥の湖』と森鴎外『雁』」を書きました

 いつものmessyの連載に「男性に自由を奪われた「籠の鳥」〜チャイコフスキー『白鳥の湖』と森鴎外『雁』」を書きました。鑑賞初心者として、ゆるい感じでバレエの楽しみを書いたものです。マシュー・ボーンをオススメしています。

 ちなみに今回の連載は、卒論指導をするようになってからバレエやダンスで卒論を書きたいという人がけっこういたので、それにともなって学生からいろいろよさそうな公演を教えてもらったり、指導のために本を読んだりしたのがきっかけで書いたものです。学生の皆さん、どうもありがとうございました。

カメラワークに改善の余地あり〜『マシュー・ボーンの白鳥の湖3D』

 新しくなった恵比寿ガーデンシネマに初めて行き、『マシュー・ボーンの白鳥の湖3D』を見てきた。

 既に3回くらい生の舞台で見ているので話なんかはもちろん覚えているのだが、3Dということでどうだろう…と思ったら、やはりバレエみたいな動きが激しく、奥行きのあるところでやるダンスを3Dでっていうのは野心的ではあり、単純にダンサーがこっちに近づいてきてくれるみたいで臨場感があって楽しい。スワン/ストレンジャー役のリチャード・ウィンザー(アップでも引きでもすごくカッコいい)の腹筋がバッキバキに割れており、そこに光る汗が3Dでなんか飛び出しているのを見たりすると、あまり予想してなかったのですごくセクシーだけどちょっとびっくりする。しかしながらカメラワークにかなり改善の余地があると思った。クロースアップの使い方はいいのだが、群舞の端が見切れちゃってイマイチ広がりを感じられないところがあったり、またまたこの手のスクリーニング用舞台撮影の醍醐味のひとつである上からのアングルが少なく、最後の白鳥がヒッチコックの『鳥』よろしく王子とスワンを襲うところ以外ではあまり活用されていなかったのが残念だ。四羽の白鳥の踊りとか、ちょっと上から見たくない?

 

The Strangerはキャプテン・ジャック〜『マシュー・ボーンの「白鳥の湖」 』

 ちょっと前になるが、シアターオーブで『マシュー・ボーンの「白鳥の湖」』を見てきた。白鳥役はマルセロ・ゴメスだった。

 既に日本で一回、ロンドンで一回この演目を見ているのだが、何度見ても面白い。もう20年近くやってるのにまだこんなに面白いというのは本当に驚きだと思うのだが、まあこれはある種のスタンダードになる翻案なのかもしれないと思う。今回はけっこう席が良くなく、奥で展開されているアクションが見づらかったのが良くなかったが…

 今回、ひとつ見ていて思ったのは、途中で舞踏会に乱入してくるThe Strangerは『トーチウッド』のキャプテン・ジャック・ハークネスみたいなキャラクターであるということである。人間じゃないし、バイセクシャルだし、傲岸不遜で危険だし…ああいうキャラクターって、何か妖精とか魔術とかフォーク・ヒーローに魅力を感じている英国人の芸術的コンヴェンションに訴えるものがあるんだろうか?

ロイヤルバレエ『白鳥の湖』

 ロイヤルバレエ『白鳥の湖』を見てきた。なんとチケット6ポンド。立ち見。

 『白鳥の湖』は二回しか見たことがないし、そもそもバレエはそんなによく知らないのでまだちゃんと理解できたとはあまり思えないのだが、今回見てこれは童貞崇拝の話なんだなという気がしたな…まだ誰も愛したことがない男性に愛を誓ってもらわねば魔法がとけないってそういうことだよね。あと、オデットは因業じじいに無理矢理妾にされている女性、オディールは因業じじいの不良娘、王子はほとんどアホなんじゃないかっていうくらい純粋な童貞で、因業じじいが策略で王子を騙してオデットを手元に置いておこうとするような話(まるっきり近代ロシア文学だな)に見えたのだが…しかし自分が愛している相手すら見分けられないとは、やはりアホなんだよな…

 まあしかし演出自体は別にそんな生々しくはなく、とくにセットは白中心のとても美しいもので、踊りもよかったように思う。ただオケがちょっと…低音の管楽器は何度か音を外していたように思う。

 あと、最後はオデットと王子がスモークのたかれた中を船で川下りに…という終わり方だったんだけど、あれは死んだの?それともハッピーエンドなのかな?バレエのコード的にはあれはどういう意味なんだろう?
 
おまけ:この公演のテレグラフのバレエ評。批評家の人は映画『ブラック・スワン』があまりお気に召さなかったらしい(うちも!)。テレグラフは政治的には好きではないのだが、バレエ評やオペラ評は素人にもわかりやすいので愛用している(まあ劇評はどこの新聞も当たり外れがあるように思うが)。

リッチモンド座、モスクワシティバレエ『白鳥の湖』

 この間の『ロミオとジュリエット』がイマイチだったのにもめげず、再びリッチモンド座でモスクワシティバレエの『白鳥の湖』を見た。生でオリジナル版『白鳥の湖』の舞台を見るのは初めて。

 オケが相変わらずひどいのはなんとかしてほしいものだが、それ以外は今回のほうが全然よかったように思う。二日前の『ロミオとジュリエット』の時は舞台の狭さを扱いかねてて踊り手がせせこましいところにひしめいてるみたいな感じに見えたのだが、今日は踊り手がみんな舞台の大きさに慣れたのか、たくさん踊り手が出てくるところもそんなに場所に余裕がないという印象を受けなかった。前回同様、初めのほうはちょっと調子が出なくて退屈な気もしたが、道化役(派手な格好でコミカルに踊る)が活躍するあたりからなんかもうやたらキャンプというかど派手なレビューショーみたいな感じになって、どんどん客も踊り手も楽しい雰囲気に。宮廷の虚飾を描いたギンギンギラギラの第一幕とは対照的に白鳥が出てくる第二幕はとても哀切で、メリハリがはっきりしているのもいい。チャイコフスキーの音楽がもうそれはそれはロマンティックだし、踊りも見せ場がいっぱいあるし、さすがよくできた古典だなーという気がした。

 あと、白鳥役のバレリーナの踊りが本当に鳥っぽくて関心した。玉三郎の鷺娘にはかなわんかもしれんけど、優雅なのに獣じみた動きが非常に美しい。ただ、玉三郎の鷺娘に比べると、今日見た『白鳥の湖』の白鳥はちょっと弱々しすぎる気が…たぶん全編通して落ち着きなく震える動きが取り入れられているせいだと思うのだが、あれって非常に頭も身体も弱いみたいな印象を与えるよね。

 ちなみにうち、なんとなくしかストーリーを知らないまま見たので、魔法使いの役で出てきたダンサーが非常にやせていて中性的で妖しい魅力を放っていたので、最初てっきり魔女なんだと思っていた。ところがふとタイツに眼をやるともこっとしていたのでそこでやっとたぶん魔女じゃなく魔男(?)なんだと気付いて結構な衝撃が…すこしの事にも先達はあらまほしきことなり。まあでも魔法使いの人の踊りはすごく妖艶で良かった。

 しかし、オケは前よりさらに悪くなっていた気が…前回は管楽器だけ失敗してたと思うのだが、今日は管楽器のみならずチェロもヴァイオリンもソロで音を外すという悲惨なことに。テンポが速いところでは全く管楽器と弦楽器があわなくなったり、踊り手のほうもあんなんじゃとても踊りにくかっただろうと思う。もっとうまい楽団で見てみたいものだと思ったので、また別のカンパニーの『白鳥の湖』を見に行くかも。夏までにロンドン市内で少なくとも二つの劇場で同じ演目やるみたいだし、少しバレエを勉強するのもいいかもしれないと思う。


マシュー・ボーン『白鳥の湖』はキャンプではない

 今日は、すっかりバラマーケットにはまってしまった母がまたバラに行ってみやげを買いたいというので、またバラに連れて行ってターキッシュ・ディライトやパウンドケーキなどを購入。その後、コヴェントガーデンを散策した。

 コヴェントガーデンにいたトナカイさん。
 


 …で、母親が是非一度ロンドンで着物を着て観劇に行きたいというので、夜は私の趣味でサドラーズ・ウェルズ劇場にマシュー・ボーンの『白鳥の湖』を見に連れて行った。うちの母は全く英語ができんのでストレートプレイはダメだから、連れて行くならバレエかオペラかミュージカルでないといけない。で、以前から母は『鷺娘』とかを見たがっていたので、鷺は無理でも男の白鳥なら楽しめるだろうと思ったのである。予約した時には既にほとんどチケットが売れちゃってて10ポンドの見づらい席しか残ってなかったのだが、二人で着物を着て出かけた。


 私は前回マシュー・ボーンの『白鳥の湖』が来日した時に父と見に行っていたのだが、イギリスで見るとまた違った感じだった。あと、二度目に見ると話がかなりよくわかっているので、何がなんだかわかんないまま圧倒されて終わっちゃった前回よりもずっと楽しめた気がする。


 とくに観客の反応が違うなと思ったのは、イギリスでは二本よりも王室ネタの時に起きる笑いが大きいとこである。ボーンの『白鳥の湖』は普通の『白鳥の湖』とは話がちょっと違ってて、マザコン王子が男の白鳥に恋したせいで悲劇が…という話になっている。やり手でセクシーで息子に冷たい女王陛下はエリザベス女王にしか見えないし(『ハムレット』のガートルード風でもあるのだが)、ダメ息子はチャールズ王太子にしか見えないので、日本で見た時よりもかなり風刺がきいてるなーという印象が強まった。


 最初のほうは王室の決まり切った暮らしぶりをパロディ化している感じでとてもコミカルなのだが、後半のほうは怒濤の悲劇になってなんかほんと見終わった時は放心するというかどっと疲れた…王子様と白鳥は結局現世では結ばれず、他の仲間の白鳥につつかれて死んでしまい、結局来世で結ばれるということになるのだが、白鳥の振り付けが極めてケモノじみていて残酷で、踊りにあまりにもいろいろな意味がこめられているので、バレエを見ているというよりは大量の台詞がある演劇を見ているみたいな疲れ方をした気がする。


 …で、思ったのだが、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』は何度見ても面白いすごいプロダクションだし、エロティックでもあるのだが、全然キャンプではない…ような気がする。バレエはキャンプなもんだというのはソンタグもおっしゃっておられるし、ふつうは女が踊る白鳥を男が踊るからにはすごくキャンプなプロダクションになりそうなもんだが、見ていて全然そうは思わない。というのも、キャンプな芸術というものには芸術的な完成度を犠牲にしてまで美学に殉じる倒錯的なところが必要だと思うのだが、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』はあまりにも芸術としてきちんと作られすぎていると思うのである。このプロダクションは話の筋も踊りも笑わせるところも衣装も、何から何まできちんと考え抜かれていて悲劇としてわざとらしいところや過剰なところは全然ないし、設定の不自然さ(人間と鳥が恋に落ちるんだからあまりリアリティはない)は全部神話的次元に回収されてしまっていて、古典的な悲恋ものとして素直に見ることができるようになっている(ボーンの『白鳥の湖』が何に一番近いかっていうと、たぶん『ブロークバック・マウンテン』だろう。あれはよくできたゲイムービーだが、キャンプな映画ではない)。ひょっとしたら1995年の初演の時にはいろいろまだ荒削りなとこがあって『白鳥の湖』もキャンプなプロダクションと言えたのかもしれないが、さすがに15年もやってると調整が行き届いてくるし、踊り手のほうも心構えが違ってくると思うので、2009年の時点ではキワモノっぽさが全くない「これぞ芸術」みたいなプロダクションになっている。玉三郎の『鷺娘』を見たときも結構そう思ったのだが、どんなにひとつひとつの要素がキャンプでも、あまりにも芸術としてきちんと考え抜かれているものはキャンプとは言えないところがあると思う。
 

…ただ、踊りはすごいし劇場の音響も良かったのだが、演奏はそうでもなかった。たまに管楽器がズレてたと思う。