『リリィ はちみつ色の秘密』、アーツ&クラフツ展、矢内原忠雄展、『マーリー』

 一昨日まで書かなきゃいけない原稿が大量にあった上、なかなか留学先が決まらなくて心配で家でうじうじしていたので(ここには書かなかったがちょっとアドミッションオフィスに書類をなくされかけたりしてもめてていたもんで)、昨日はその反動でものすごい勢いで活動したい衝動にかられて、映画2つと展覧会2つに行って、図書館に寄って、その合間に本を2冊読んだ。


 まず、日比谷シャンテで『リリィ はちみつ色の秘密』(←映画の公式サイトって最近いきなり音がでるやつが多いのだが、あれは即刻全部やめたほうがいいと思う。悪い印象を与えるので逆効果だ)を見てきた。原題は"The Secret Life of Bees"で、人生における秘密というのが話のちょっとしたキーワードになっているので、このセンス悪い邦題はどうにかしたほうがいいんじゃないのかと思うのだが、内容はとても良かった。舞台は60年代のアメリカで、主人公のリリィ(ダコタ・ファニング)がアフリカンのお手伝いさん(ジェニファー・ハドソン)と一緒に暴力をふるう父親から逃れてアフリカンの養蜂家オーガスト(クイーン・ラティファ)にかくまってもらい、養蜂を覚えながら成長していくというお話である。公民権運動と女性の連帯をからめた地味な話なのだが、私の好きな『フライド・グリーン・トマト』とかによく似た丁寧な描き方をしていて、とにかく脚本がきちんとしているし役者陣の芝居もいいし、大変おすすめだと思った。なんか全体的に邦題の付け方とか宣伝がヘタなんじゃないかという気もするが、もっとお客さんが入ってもいいと思う。

 こういう「異人種間の女性が連帯する」っていう話はヘタするとどうしようもない陳腐なメロドラマになりそうな気がするのだが、たぶんこの話が甘ったるい話にならなかった要因は、白人と黒人の権力関係がいろいろなところで丁寧に暗示されていることと(「黒人の子守が白人の子供をいくら愛してもそれは対等な関係とは言えない」というのが重要なモチーフになっている)、あとヒロインのリリィが「虫めづる姫君」だっていうことだろうと思う。リリィは実家でダメ親父(ポール・ベタニー。いつもとうって変わって全くのホワイトトラッシュにしか見えない。芸達者だ)に殴られているときから虫が好きな女の子だという設定なのだが、家出してオーガストのところで養蜂を習い始めた時、ちっとも蜂を怖がらないのでオーガストがびっくりする。蜂を扱うのは特殊な技術を必要とする専門的な仕事であることが映画の中では暗示されているので(オーガストがアフリカンで金持ちなのに周りの白人から文句をあまりつけられないのは、上質の蜂蜜を街中の店に卸しているからだと思われる)、蜂を扱う素質があるリリィをオーガストが可愛がるようになるというのはわりと自然に見られる展開である。養蜂の話なので女王蜂の話なんかもよく出てくるのだが、なんと言っても演じているのがクイーン・ラティファダコタ・ファニングなもんで、見ているほうは「クイーンとプリンセスだな」とか思いながら、まるで女王蜂が若い蜂を育てているみたいな感じで見てしまう。虫めづる姫君同士は連帯するのだ。


 で、その後上野で「アーツ&クラフツ」展を見てきた。前半は良かったと思うのだが、後半の都市生活のところで出てきた孔雀の燭台とかはちょっと趣味悪いなと思った。


 その後駒場シラバスとかをもらって、「矢内原忠雄展」を見てきた。これは駒場博物館で無料で6月までやってるので、是非どうぞ。矢内原忠雄は日本史履修者にはおなじみのあの人である。


 それから渋谷図書館で本を返し、その後『マーリー』を見た。なんか、本ほど面白くなかったと思う。犬はすごく表情豊かだし、笑えるのだが、妻のジェニー(ジェニファー・アニストン)の描写にあまり納得できないところがあった。ジェニーは子供を産んで仕事を辞めたせいで育児ノイローゼになり、少し頭がヘンになってマーリーを追い出せとか言い始めるのだが、あんだけ犬が好きだった人が育児ノイローゼで犬を追い出せとか言い始めたら、普通は病院に連れて行くとか信頼できる人に相談するとか、そうしなくちゃいけないレベルでヤバいだろうと思うんだけど、夫のジョン(オーウェン・ウィルソン)は友達にマーリーを預ける以外たいした努力をしないのである。こういう時はもっと夫が気をつけるべきだと思うし(育児ノイローゼは犬ばかりじゃなく子供の虐待にもつながりやすい)、オーウェン・ウィルソンなんかとくにいい人キャラで売ってるんだから、妻が仕事に復帰できるように助けるとか(コラムニストなんだから、主に家で仕事して出勤日を減らすのだって可能なはずだ)、自分の男友達だけじゃなくて信頼できそうな女友達に相談するとか(いい人だがあまり頼りないボスとか、女たらしの友人とかに相談しても、こういうことはあまり意味ないと思う)、夫の努力を示す描写を入れたほうがいいと思うのだが、そういう配慮がなくてあまり私は納得いかなかった。本だとそういうところは割合書き手の技術でごまかせるのだが、映画はそうはいかないと思う。映画だと、全体的にジョンが妻に負担を押しつけて自分のことにかかりきりな人みたいに見えかねないとこがあると思った。たぶん普通の犬映画じゃなくてちゃんとした家族に関する映画にしようとしたからそうなったんだろうが、どうも家族ドラマとしては成功しているとは思えない。