家庭内暴力二本立て:全くロクでもない『スラムドッグ$ミリオネア』、胃が痛くなる『ある公爵夫人の生涯』

 今日は映画2本、展覧会2つ、夜はオペラというハードで文化的な一日だった。


 で、まず朝『スラムドッグ$ミリオネア』を見た。開場前の映画館に列ができてて満員だったのだが、まあなんかもうなんでアカデミー賞とったのかわからないくらいつまんない映画だった(なんで『ミルク』がこの作品に破れたの?)。「出来は普通だが、期待しすぎたのでつまらなく感じた」とかいうレベルじゃなくて「金返せ!」レベルでダメだったと思うのだが、これが面白かったっていう人(とくに女性)、一体どこが面白かったのか教えてくれ…私には全くわからない。

 で、私がなぜこの映画はつまらんと感じたかというと、これって舞台をインドにしてるから目新しく見えるだけで、よく見ると内容は全然どーってことない陳腐で浅い「囚われたお姫様の救出」ものだからである。その上主役のカップルが揃いも揃って呆れるほど純粋(というかバカ)で、「インドの無垢な人たちが最後に勝利するんだぞ」みたいなオリエンタリズムが入ってきているので余計たちが悪い。

 このお話の主人公はインドのストリートチルドレンであるジャマールなのだが、このジャマールは超弩級のボンクラである。ダニー・ボイル映画の主人公ってたいていボンクラなのだが、このジャマールはキュートなボンクラとかいうレベルじゃない。幼なじみの恋人ラティカを強姦して裏社会で殺人請負をやってる兄貴サリームをそれでもなお信用するという驚嘆すべき判断力の持ち主で、優しくて頭がいいだけが取り柄のすんごいバカなのである(「頭がいいだけのバカ」って変な言い方だが、記憶力とか集中力はあるくせにさっぱり実人生で判断力がない奴っているじゃない?)。普通、囚われのお姫様を救出する騎士は多少は甲斐性のある男なのでこのへんはちょっと新しいキャラクター設定なのかもしれないが、いくらなんでも救出に向かう騎士がこんなにバカだとまずいと思う。

 対する恋人ラティカも、綺麗で優しいんだけど、いくら「囚われたお姫様」キャラとは言え現代の映画に登場する女性としては珍しいくらい個性とか強さのない女の子で、サリームやサリームのボスから家庭内暴力を受けっぱなしでひたすら我慢するだけである。たぶんインドの貧しい女性は家庭内暴力にすごい苦しんでて抵抗する元気もないぐらい搾取されてる人もいるんだと思うのだが、そういうのをそのままステレオタイプとして提示してるだけで、見ていて気が滅入ることこの上ない。実は以前から私はダニー・ボイルは女を描くのがうまくないと思っていたのだが、『スラムドッグ$ミリオネア』はその悪いところがいかんなく発揮された感じである。

 …で、この2人がグローバリゼーションの波に揺られる激動のムンバイで努力の末恋を実らせるわけだが、このプロセスの描写にも全くリアリティがない。この2人はひたすら純粋ボンクラなだけで、情無用のインド経済に立ち向かうだけの狡猾さとかパワーとかいうものが全くなく、まぐれあたりみたいな感じで恋を成就させるのである。例えばこれがスコットランドなら「ボンクラが純粋さのおかげで勝利する」っていう話はまだ見られるのかもしれないが、インドでこれをやるとロクでもないオリエンタリズムにしか見えない。ちなみに、たまたま今日クストリッツァの『ウェディング・ベルを鳴らせ!』っていう映画の予告編を見たのだが、どうもこれもテーマが『スラムドッグ$ミリオネア』と同じでグローバリゼーション風味の美女救出ものらしいのだが、予告編見ただけでも美女を助け出そうとする東欧の田舎の人たちがあまりにも非常識そうでパワフルだったので、きっとクストリッツァのほうがこのテーマをもっとうまく処理しているに違いないと何の根拠もなく思ってしまった。

 思うにダニー・ボイルってだんだん劣化してるんじゃないかという気がする。実は私は『28日後…』をテレビで見たとき、あまりのつまらなさに途中で寝ちゃったりとかしたのだが、『トレインスポッティング』のあのキレはどこに行っちゃったんだろう…



 …で、『スラムドッグ$ミリオネア』があまりにもひどかったので、お口直しのつもりで『ある公爵夫人の生涯』を見たのだが、これはまた家庭内暴力の描写がリアルすぎて胃が痛くなってしまった。これは18世紀イングランドきっての美女として名高かったデヴォンシャー公爵夫人の伝記映画なのだが、粗暴な性格のデヴォンシャー公爵(レイフ・ファインズ)が、きれいで頭が良くて誰からも好かれる公爵夫人ジョージアナ(キーラ・ナイトレイ)を捨てて地味でパッとしない妻の親友レディ・エリザベスに走ったことから結婚生活が破綻するという、明らかにダイアナ妃とウェールズ公チャールズの関係を意識しているのであろう作品である。で、デヴォンシャー公爵が相当にえげつないやり方で妻を精神的・性的・経済的に虐待し、レイフ・ファインズキーラ・ナイトレイも虐待場面を気合い入れて演技しているので、見ていてかなり気が滅入る。ちなみにキーラ・ナイトレイ家庭内暴力の防止に興味があるみたいで啓発CMにも出ているのだが(下に映像を貼っておくが、これまた胃が痛くなるような内容なので注意)、女性が暴力夫から逃げられる21世紀はまったく素晴らしい時代だなと思う。



 長くなったので、今日やった残りの文化活動については明日のエントリにまわそうと思う。