NINAGAWA 十二夜

 昨日は『NINAGAWA 十二夜』を見てきた。


 この芝居のいいところは、たぶん何十年か後に蜷川じゃない人が全然違うキャストで上演してもちゃんと歌舞伎として通りそうなしっかりした台本を作っていることだと思う。もちろん『NINAGAWA 十二夜』なもんでどう見ても蜷川だし、主役の尾上菊之助の芸に頼っているところもあるのだが、シェイクスピアの『十二夜』をすごくきちんと歌舞伎の台本に落としこんでいるので、他の役者を連れてきてやっても普通に歌舞伎として違う味が出て面白く見れそうな気がする(歌舞伎はそんなに詳しくないのであまり偉そうなことは言えないが)。歌舞伎にはいわゆるコロンビーナ(喜劇に出てくるおもしろい侍女)の役柄がほとんどないそうで、麻阿(原作のマライア)役の市川亀治郎はいろいろ歌舞伎にはないような芝居をやったりしているらしいのだが、何度も上演してて慣れてるみたいで歌舞伎にない役とは思えないほど板に付いているし、何年か後に他の女形さんに挑戦してもらってもいいんじゃないかと思う。『国盗人』とかシェイクスピアを日本式でやろうという試みはいっぱいあるのだが、たいてい「役者で保ってる」芝居になっちゃって「普通に面白いけどこれって他の役者で再演は無理だよな」的な感じになることが多い気がするので、その点『NINAGAWA 十二夜』はすごく成功していると思う。


 で、今回の『十二夜』を見ていろいろ新たな発見があったのだが、まず思ったのは、この芝居においては実は例の「意中の人を口説く時には外見と反対のことを言え」(これは性別及び性的指向に関わらず応用できる似非法則である)の法則が全編にわたって用いられているということである。獅子丸(シザーリオ。男装した琵琶姫、原作ではヴァイオラ)が主人の大篠左大臣(オーシーノ公爵)の恋の使いで織笛姫(オリヴィア)のところに行ったとき、最初はつんけんしている織笛姫は、獅子丸に「あなたは残酷なお方ですね」と言われた瞬間にコロっと参ってしまう。原作でも蜷川の舞台でも、織笛(オリヴィア)は家族思いでしっかりしててみんなから頼られるやさしい女なのだが(見た目ちょっと気位が高いが、家族や奉公人に対してはすごく優しい)、たぶん織笛が大篠にいくら「あなたは綺麗で素晴らしい家族思いな女性です!」と褒められてもなびかないのは、やっぱりやさしい人をいくらやさしいと褒めたとしてもそれは誰でも言うことであって表面しか見てないと思われるからなんだろうと思う。それに比べて初対面なのに「あなたには残酷なところがおありになる」とかなんとか言う獅子丸は、織笛に「この人は私がやさしいだけの女ではないことを見抜いた!」という驚きを引き起こすので、それで織笛は獅子丸は鋭くて女心がわかっていると思って参ってしまう。琵琶姫が男装のまま大篠に惚れてしまうのもそのせいで、大篠は一見とても「男らしく」振る舞っている獅子丸(実は琵琶姫)に「お前は実は若い娘さんみたいに綺麗でたおやかだよな」みたいなことを何度も言うのだが、琵琶姫もたぶん大篠が「男らしい外見の下にある私の女心を見てくれている」と思っている。『十二夜』のテーマは、見た目と心がどれだけ違うかということである。


 あと、この『十二夜』では、丸尾坊太夫(マルヴォーリオ)いじめについて、最後に坊太夫がいじめた庵五郎を追い回して仕返しするとか、あと朴念仁の坊太夫と道化の捨助(フェステ)をダブルキャストにして人間の二面性を表現したりとか、いじめがあまり深刻にならない感じで演出している。最後にサー・トウビー(桐院鐘道)がサー・アンドルー(安藤英竹)を切り捨てる台詞もカットされているので、全体的に原作にあったいじめの深刻さが少なくなっているように思う。まあ、現代で『十二夜』をやるときはこのいじめ場面はかなり問題になるので、こういうふうに演出するのはいい逃げ方かもしれない。シェイクスピアの時代にリアルタイムで『十二夜』を見ていた人たちにとって、マルヴォーリオはお芝居は不道徳だと言って劇場やお祭りなんかを糾弾する人たち、つまりはいわば芸能の敵対者たちの姿を重ねられるような人物だったはずなので、見ていていじめがひどいとかは全然思わなかった(むしろ自分たちが愛する芸能文化を抑圧する連中が懲らしめられていい気味だと思っていた)はずだと思うのだが、現代だとあまり演劇をボロクソに言う人はいなくてそういう見方はなかなか難しいので、いじめをライトにするか、あるいはマルヴォーリオを誰が見てもやな野郎(ファシストとか福音派のテレビ伝道師とか石原慎太郎とか)にしないとお客さんはかなりぎょっとするだろうと思う(ぎょっとさせようとわざと残酷ないじめにするというのもあり得る)。その点、『NINAGAWA 十二夜』はいじめをライトにしてうまくハッピーなお芝居にまとめた感じだ。



 ちなみに、私が見た回はなにか高校生の文化行事だったみたいで、2階正面はほぼ全員高校生(交換留学生のような感じの人も結構いた。国際交流事業?)だった。で、この高校生は意外に反応が良くて、幕があがった瞬間、桜の木が見える場面では「おおーーっ」と歓声をあげたり、休憩時間に女の子たちが何人かで「思ったより面白いねー」みたいなことを言っていて、いいなぁ高校生のうちからこんなん見れてと思った。ただ、その女の子のうち一人が「ベケットのほうがいいよ」と言っていたような気がするのだが、これはちょっと面白すぎるのできっと私の空耳だと思う(売店側だったので「ビスケットのほうがいいよ」だったのかも)。高校生で綺麗な女形が出てくるシェイクスピア歌舞伎よりもベケットが好きだとかいう人がいたらあまりにもシュールだ。