プロペラ『夏の夜の夢』

 プロペラの『夏の夜の夢』を見てきた。


 で、このプロペラのオールメールシェイクスピアは蜷川とかを見慣れている日本の観客には結構見慣れない感じのオールメールで、いわゆる女形女形は出てこない。ヘレナとかハーミア役の女役男優もみんな短髪で、台詞回しや仕草なんかもいわゆる「女らしさ」を意識している感じじゃないのだが、それでもちゃんとハーミアとかヘレナに見える。これはもともとの戯曲が非常によくできているのと(『夏の夜の夢』はそこまで登場人物のキャラが濃い芝居ではないのだが、それでもそれぞれに台詞の持ち場があるし、劇の構成自体はきわめて洗練されてる)、役者さんの基礎力がすごいきちんとしているからなんだろうと思う(坊主頭だろうがずんぐりむっくりだろうが、ハーミアが「私はライサンダーが好きなの!」とかなんとか言った瞬間、お客さんが「そうか、ハーミアはライサンダーが好きなのか」と思わせられてしまうだけの説得力がある)。そう考えるといい戯曲といい役者されあればたいていの芝居は結構女だけとか男だけでやってもいい芝居になるんだろうと思うのだが(前にチェーホフの『溺れる男』を見たときもそう思った。チェーホフは自分の戯曲がジェンダー逆でやられるなんて思ってもみなかったと思うが、あの芝居はきわめてまっとうな芝居だった)、これはおそらく、いい戯曲というのは人間の描き方がステレオタイプに陥っていないからなんだろうと思う。登場人物のキャラが立ってさえいれば、演じるほうも見るほうも結構たいていの心理的障壁を乗り越えることができる(そしてたぶんそれがパフォーマンスアートのよいところである。KKKオバマの演説に感動したりすることがあるそうだ)。


 …で、KKKの話が出たところでプロペラが結構人種についても面白い演出をしているっていう話にうつりたいのだが(?)、今回の『夏の夜の夢』では、ハーミアがチビの白人の男優さん、ヘレナは背の高いアフリカンの男優さんである。ヘレナはこの芝居の中ではたぶんパックとボトムと並ぶいい役で台詞も多いので、若手のデキる役者さんをキャスティングすることが多いようなのだが、今回の『夏の夜の夢』でもヘレナ役の人はかなりうまい…のはいいのだが、実は原作ではハーミアはチビで色黒、ヘレナはのっぽで色白ということになっている(これは初演時の役者の年齢に起因するという噂である。イギリス・ルネサンスの時代の女形は少年がやってたのだが、台詞の多い女役は十代後半のヴェテラン女形の役どころで、のっぽで厚化粧して舞台に立つ。二番手の女役は十代前半の売り出し中の若手の役で、まだちっちゃくてかわいいのであまり化粧をしないで舞台に立つ)。ヘレナは「色が白くて美しい(fair)」としょっちゅう劇中で言われてて、ハーミアに"Fair Helena"と言われて「ディミートリアスはあんたのほうがfairだと思ってるよ」と返す場面もあるのだが、イギリスのお客さんだったらこれは毒のある演出だと思って笑うんじゃないかと思う。このキャスティングはきっとわざとなんだろうな…


 全体的にとても生き生きしていて笑いの壺もしっかりおさえてあるし、妖精の皆さんも頑張ってて良かったのだが、ちょっと私の体力があまりなかったせいで心ゆくまで楽しめないとこもあって残念だった(『ヴェニスの商人』はもうちょっと体調万全で見たい)。あと、ひとつ全然ダメなのは、字幕が出ないことである。最近はどこの劇場も外国語上演は字幕を出すようにしているのに、有料ヘッドホンガイドしかないとは全くサービスが悪すぎて呆れたもんだ。台詞がかなり早くて私も全部は聞き取れなかったので、一般の英語わからん観客はちんぷんかんぷんだっただろうと思う。これは早急に改善したほうがいい。