よぉよぉダイモネス――あまりにひどい出来の『ペルシア人』古典ギリシア語公演

 今日はアイスキュロスの『ペルシア人』の古典ギリシア語による上演を大学のシアターで見てきた。これはキングズカレッジの古典学科が毎年やっているギリシア悲劇原語公演シリーズの一環らしいのだが、これがまあ本当にひどい出来で…学生演劇でどっちかというと学術的なとこに焦点があたっている公演みたいだから期待してなかったし、最近出来の良い芝居にばかりあたっているから私の眼が厳しくなっているというのもあるのかもしれないが、それでも途中で出てこようかと思ったくらいつまらなかった。なんというか、頑張れば頑張るほど下手さが際だってしまうようないたたまれない公演だった。


 アイスキュロスの『ペルシア人』は、演劇史上でも超重要な作品である。初演が紀元前472年(!)ということで地球上で現存する最古の戯曲だし、ギリシア悲劇で現在まで残っているものの中では唯一時事ネタを扱った作品である。お話はサラミスの海戦でペルシアがギリシア軍に敗れたという史実をもとにしており、冒頭ではペルシア皇太后アトッサのところに敗戦の悲報がもたらされ、途中は前ペルシア王ダリウスの亡霊が出てきて悲運を嘆き、最後にボロボロに傷ついたペルシア王クセルクセースが戻ってくるという、あるのかないのかわかんないような筋になっている。



 とりあえず今日の公演は、コロスがもう全然ダメだった。しょっぱなから台詞のタイミングが全くあっておらず、複数人で言う台詞はバラバラに始まってバラバラに終わるみたいになっているのが一番の問題。古典ギリシア語だからもちろんたいていの人にはわからんのだが、それでもタイミングがあっているかどうかくらいはわかるので、たとえ発音がむちゃくちゃでもタイミングをあわせるのを優先すべきだったと思う。そうでないと台詞が詩で書かれている意味が全くなくなってしまう。全体的にコロスは台詞を覚えるだけで精一杯みたいな感じで、盛り上がるところそうじゃないとこの区別があまりはっきりしてなかった。その上コロスはひとりひとりの声が小さい!ダリウス役やクセルクセース役は結構きちんと声も出していたし、韻律に沿ってメリハリをつけようと頑張っている形跡が見られたのだが…
 …これは言いたくないところなのだが、視覚的な面では、そのぉ、コロスが太りすぎ。ペルシア軍の人々は敗北のせいでみんなガリガリにやせて傷だらけという設定なのに、コロスがあんなに太っているのは考え物だと思った。舞台というのは顔がデカいほど映えるという変わった場所なのだが、それの逆、つまり小顔で太っているというのは舞台で最も映えない体型である。しかしながらコロスはどういうわけだかほとんどみんな顔が小さくて太っている(仮面をつけると余計小顔に見える)。体型が映えなくても芝居と声量がしっかりしていれば全然気にならないはずなのだが、今日のコロスは他のペルシア軍人がやせすぎている+そもそも声すら出ていないので、見てくれの不釣り合いさが余計際だってしまった感じだった。



 それから、字幕担当者があまりにもひどい。一応英語字幕がつくのだが、字幕のタイミングがまったくあっておらず(ギリシア語できないヤツが出してるのかも)、どうやらどんどん話が進んでいるらしいのに全く字幕が変わらなかったり、いきなり字幕が後戻りしたり、ものすごい勢いで読むヒマもなく字幕が進んで最後はなぜか同じ字幕が出しっぱなしになったり、はっきり言って字幕ある意味があまりなかった。周りはじいちゃんばあちゃんばっかりだったのだが、あの字幕の早さと量とダメダメな操作っぷりではネイティヴでもついていけなかっただろうと思う。


 あと、演出+演技が決定的にダサい。コロスがしゃべってる時のアトッサとか、アトッサがしゃべっているときのコロスとかが妙に手持ちぶさたに見えるあたり、素人感丸出し。全体的に動きの付け方もダサくて、様式美と学芸会を取り違えたような海を模した動きとかはやめるべきだと思う。ダリウスの亡霊登場場面は、威厳ある王の亡霊が悲しく登場するはずなのに、どっちかというとこれから相手をブチのめそうとしているプロレスラーの入場みたいになっており(ヘンなスモークと一緒に出てくる)、笑ってしまった。





 …ただ、これはそもそも『ペルシア人』という芝居は室内劇場でやるべきじゃない芝居だってこともあるんだと思うので、あまりにもキングズカレッジ古典学科をボロクソに言うのはお気の毒かもしれない。ギリシア悲劇というのは野外のデカい劇場で開けた空気の助けを借りて行うものなので、かなり演出を工夫しないかぎり、ちっちゃい額縁舞台でやるのは難しい。その上『ペルシア人』は、他のギリシア悲劇に比べても筋に起伏があるとは言い難いので、筋じゃなくて演技自体の迫力で押しまくらないとたぶん面白くならない(たぶんこれを野外のものすごく大きい劇場で台詞を朗々とこだまさせながら上演したらもっと面白いはずだ)。今回は額縁舞台でやるんだから、例えば「使者を出さないでかわりにテレビにする」とか、「全員現代の軍人の格好で出てくる」とかいうふうにしてガラっと現代化して演出すればもっとマシだったんじゃないんかな…そのまんま素直にやっちゃったせいで全然ダメになった感がある。