エドワード少年劇団による『チープサイドの貞淑な乙女』(注意:本日の日記には17世紀初頭でもトップクラスに性的な芝居に関する話が含まれます)

 エドワード少年劇団(Edward's Boys)がキングズカレッジのチャペルでトマス・ミドルトンの『チープサイドの貞淑な乙女』(17世紀初頭の人気芝居)を上演するというので、行ってきた。


 …で、なんも知らずに行ってみたらホントに少年劇団だったもんでびっくりした。出演者は全員中学〜高校くらいまでの男の子で、女役も男が女装してやる。あとできいたら、キングエドワードパブリックスクールの演劇部らしい。


 びっくりしているうちに芝居が始まってしまったのだが、さらに困ったのはこの芝居はおそろしく複雑だということである。筋が三つあってそれぞれがややこしい三角関係であり、まともに上演すると総勢40人くらい役者が出る。セリフは性的なほのめかしやダブルミーニングによる冗談ばかり。その上、チャペルで子供の声って反響して聞きづらいので、途中で筋が追えなくなって途方にくれた(学部生の時に一回読んだはずなのに、まったく筋を覚えてなかったらしい)。休憩時間に先輩と話したら、先輩もこの芝居を読んだことがなくて途中で大混乱したらしい。ネイティヴでも無理なもん非ネイティヴには厳しい…


 それでさらに驚いたのが、全員上手いということである。はっきり言ってうますぎて気持ち悪かった…例えばリアルタイムで美空ひばりのデビューを見た人はあまりにも大人びていて気持ち悪かったらしいのだが、その感じがかなりわかった。世阿弥の言う子供の「時分の花」じゃなく、ホントに大人の役者がやるのに近い形で演出しているので、あまりにも大人びていてびっくり。なんかもうこいつら全員次世代のケネス・ブラナーやエイドリアン・レスターなんじゃないかと思った。


 そもそもこの『チープサイドの貞淑な乙女』は、ジェームズ朝の芝居の中でもおそらく最も卑猥なもののひとつである上、この卑猥さ自体に物語の軸があるような艶笑喜劇なのでちょっとそのへん曖昧にすることができない。筋は主に三つあって、若い娘をめぐって争う求婚者たちの話、子供ができない夫婦とできすぎる夫婦の話、妻が不倫している夫の話という内容で、これがそれぞれいろいろ血縁などにより絡んでくる。


 それで、この芝居にはなんと寝取らせ屋と孕ませ屋が出てくる(下品な言い方で申し訳ないが、それ以外に言いようがない)。寝取らせ屋はオールウィットという男で、妻をアホな貴族の愛人として提供し、アホ貴族と妻の間にできた自分の子じゃない私生児を育てつつ、アホ貴族からの援助で優雅に暮らしている。本人は自分が寝取られ男であることを全く気にしておらず、いつもとても威厳がある(?)。

 孕ませ屋のほうはタッチウッドという男なのだが、こいつは妻と関係するたびに子供ができてしまうため貧乏で困っていたのだが、子供ができない女性相手に「秘薬」を売る商売(秘薬というのはつまり精子提供なのだが)をはじめて一儲けしてしまう。百発百中の男という設定自体が既になんかもうおかしい気もするのだが、ひょっとして『重力の虹』のトマス・ピンチョンはスロースロップのキャラクターを考えるにあたってミドルトンを参考にしたんじゃないだろうか。


 それで、このオールウィットとタッチウッドは大人でもなかなか難しい役どころだと思うのだが、少年俳優たちがあまりにもうますぎた。タッチウッドはまだちょっとたまにセリフをかんでいたのだが、とても存在感があるのでもう少しなめらかにしゃべれるようになれば絶対に素晴らしいタッチウッドになる。オールウィットはさらに上手で、長台詞でも全然淀まないし、悠然とした雰囲気がよく出ている。実はこの芝居には、オールウィットがいきなり節をつけて「ディルドー!ディルドー!」と叫び出すイギリス・ルネサンス演劇屈指の下ネタがあるのだが、それも全然いやらしい感じがなく陽気にやってみせる。「妻を他の男に提供して平気な夫を真面目ないい人として表現する」とかいうのは人情の機微が理解できてないと難しいと思うのだが、これを高校生くらいのガキがやってしまうのである!それだけ芝居がよくできているというのがあるのだろうが、こんなのを見るともう大人は何をすればいいのかわからん。


 あと、女役がみんなとても上手い。男ばかりの環境では女性を観察する機会が少なくなるので芝居でまねるのは大変なのではないかと思うのだが、キャラもきちんと書き分けられていて、それぞれちゃんと個性ある女役に見える。


 そんなわけで、なんかもう非常に恐るべき子供たちを見てしまったような気になり、今日は戦々恐々で帰ってきた。しかし、こんな芝居をやらせるほうもかなりのチャレンジ精神だと思う一方、そういうのがあるからイギリスは演劇大国と言われるのかなとも思った。あまりよくはわからないのだが、たぶん海のものとも山のものともつかない「学生演劇」みたいな台本を青少年にやらせるよりは、こういう古典的なエロばなしとかをやらせたほうが青少年は演劇を面白いと思ってくれるのではないかと思うし(ルネサンス期の艶笑喜劇というのはかなり露骨なものが多いが、今でも読まれているようなものはどれもよくできていて笑いのツボを絶対外さないし、鋭い人間観察がいっぱい含まれている)、そのぶん考え方が開けていて通時的な思考のできる人になってくれるのではないかと思うのである。


 あと、私、男子校とかそういうものに少々恐怖を抱いているのでよくわからないのだが、こういう少年劇団っていうのは日本にも結構存在するのだろうか…少女劇団は宝塚があるから女子校にもありそうな気がするのだが、男子校出身者、何か情報がありましたらご提供を…