アカデミー賞をとった『ハート・ロッカー』を見てきた。これはイラク戦争の最前線で活躍する爆弾処理班を描いた作品で、全編手持ちカメラを使い、リアルな軍事考証で撮ったセミドキュメンタリーっぽい映画である。話としては、前任者が吹っ飛んじゃったバグダッドの爆弾処理部隊に、大変な向こう見ずだが腕だけは一流のウィリアム・ジェームズが赴任してきて、真面目でしっかり者のサンボーンや若い部下のエルドリッジと一緒にチームを組み、バグダッドの治安を守るため爆弾を日々処理するうちに強い絆で結ばれるようになるという話である。
全体としてはとてもよくできた映画だと思うし、軍事オタクとホモソーシャル好きには超おすすめなのだが、この映画がアカデミー賞をとるとはねぇ…なんか、去年も今年もエクスプロイテーション映画がとったって感じ。『ハート・ロッカー』は少なくとも『スラムドッグ・ミリオネア』ほどひどいエキゾティシズム系エクスプロイテーションではないと思うのだが、そうは言ってもどことなくエクスプロイテーションっぽいところがある。
どのへんがエクスプロイテーションなのかっていうと、この映画は実は「戦争をありのままにまじめに描きます」という外面に隠れて、実は監督のキャサリン・ビグローが時事ネタを用いたホモソーシャルをカッコよく撮りたかっただけなんではないかという疑いが見ていてひしひしと感じられたからである。とにかくまあ見ていただければわかるのだが、全編ホモソーシャル色満載で、女は一人しか出てこないし(しかも『ロード・オブ・ザ・リングズ』のサムの彼女的な感じで最後にちょっと出てくるだけ)、半裸で爆弾処理班のメンバーが殴り合う場面とかは、イギリス人たちはあまりのことにみんな笑って見ていた(コメディと思ったのかも)。話の展開もそういう感じで、突然挿入される夜間の捜索のアクションとかは、全体のバランスから言うとないほうがいいんじゃないかと思うのだが、ホモソーシャルっぽさを醸し出すために話自体の完成度を犠牲にして挿入されているように思えた(とくに後半部のアクションは、エルドリッジを負傷させて映画の外に出し、サンボーンとジェームズの関係を強化するためだけに挿入されているように見える)。
しかしながら見ていてなんとなく嫌だなと思ったのは、イラク戦争という現在まだ終結していないどころか泥沼化しまくっている戦争を使って「リアル」なホモソーシャルエクスプロイテーション映画を作るっていうのははたしていいことなのかってことである。そりゃあ表象はみんな搾取なので、現実の出来事をダシに何か違うものを作るのがダメってわけではないのだが、イラクの人は毎日亡くなってて、アメリカ兵だって戦地から帰ってきてひどく神経をやられた人もいっぱいいるのに、そういう生々しい問題をダシに一見「真面目」な戦争映画のフリしてエクスプロイテーションものを作るのはなんというか倫理的じゃないような気がする。この手のホモソーシャルエクスプロイテーション映画を作るんなら古代ローマ(『グラディエーター』)だっていいし、大航海時代(『マスター&コマンダー』)でもいいし、何ならナチスだって別にいいと思うのだが(『地獄に堕ちた勇者ども』とか『ヨーロッパ ヨーロッパ』にはそういうところがあるが、あれはエクスプロイテーションとは言えないか…)、まだ歴史になっていないものを当事者の国の人がエクスプロイテーションにするっていうのは、それってどうなのかねぇ…
あと、私は手持ちカメラ反対派なので、この手の手持ちの「自然」な映像がアカデミー賞で評価されるっていうのはゆゆしき傾向だと思った。映画のリアリティというのは日常生活のリアリティとは違うものだし、映画はあの四隅の枠の中にどうビシっと話をとどめておくかってとこが大事で、ああいうブレブレのカメラ映像を使って過度に「自然」っぽさを追求するのは「虚構」であるべき映画の芸術的可能性をかえって否定しているように思うのだが、みんなそうは考えないんだろうか。だいたい、揺れるから見ていて気持ち悪いし…
それから、全体的に軍事考証とかはすごいしっかりしているように思えたのだが、ひとつおかしいと思ったのが、ジェームズが手袋なしに子供の体を解剖するところ。死因不明で死んでから数日たっていると思われる人体を素手で解剖とか、どんだけ命知らずなんだと思うのだが、あれは事実にもとづいているのか…？もしそうならアメリカ軍がなかなかイラクで勝ててないのも当たり前かも。実はこの解剖場面で、隣の人は血まみれの皮膚をナイフで切開するところで「オエーっ」と声に出して気持ち悪がっていたのだが(おじちゃまとおばちゃまのたぶんご夫婦だったのだが二人ともひどく気持ち悪そうだった)、私は素手であることばかりが気になっていた。
あと、主人公の名前がウィリアム・ジェームズなのは何でだろう。何か意味があるのかな？
