スコットランド王子が童貞をカミングアウトして場内爆笑のグローブ座『マクベス』〜一人は所帯持ちより強いのか?

 今日は初めてグローブ座で芝居を見てきた。演目は『マクベス』。立ち見席だと5ポンドなのだが、注意書きに「このパフォーマンスでは立ち見席のお客様は激しい客いじりをされる可能性があります」と書かれていたので、何かあやしいものを感じ取って15ポンド払って椅子の席にしたところ、正解であったことが判明。

 開演前の会場。時刻は19:15くらい。

 この黒いシートから頭だけ出しているのは全員立ち見席の客。こんなんじゃ私の身長で立ち見に席に行くと全く前が見えないじゃないか!椅子の席にして良かった…。なお、この黒いシートの中から落武者とか魔女とかが飛び出してくる演出がたくさんあり、魔女にサイフを奪われる客とか、頭からバケツ(劇中の設定ではお手洗いで尿をためるバケツ)の水をぶっかけられる客も続出。客いじりがとにかく激しい!


 さて、この『マクベス』はジャコビアン悲劇風のとにかくグロくてあまりのグロさに笑えちゃうような演出が特徴である。冒頭から筋肉隆々の怖い魔女たちが大活躍で、あまり上品とはいえない冗談もたくさん出てくる。惨殺場面のたびにお客さん爆笑だったのだが、さすがに宴の肉料理の中から血まみれのバンクォー(マクベスが暗殺したライバルの貴族)の亡霊が飛び出てくるところとか、マクダフ(マクベスのライバルの貴族)の子供たちが虐殺される場面では客席から"Oh!!!"と嫌悪感を示す声が漏れていた。とくにマクダフ一家惨殺場面は大変陰惨で、暗殺者が子役(小学生くらいの男の子と女の子)を抱き上げて刺殺してそのまま地面に思い切り投げ出したりする!子役の芝居がかなり真に迫っていたのだが、夜の九時過ぎだというのにこんな残虐場面を演じさせられるイギリスの子役って大変だな…


 『マクベス』は実は夫婦愛の芝居なので、当然この上演でもマクベス夫妻はやたらベタベタしている。マクベスが冒頭で凱旋してマクベス夫人のもとに帰ってくれる場面では、なんと会った瞬間夫妻がいきなり服を脱ぎだしてステージじゅうを転げ回るという演出になっており、ここもお客さん爆笑だった(親と来てる中学生とかもいっぱいいたのだが、イギリス人はそういうことはあまり気にしないようだ)。ローラ・ロジャースのマクベス夫人がなかなか良くて、やっぱりこの芝居はマクベス夫人にいい役者を持ってくるのが重要なんだなと思った。


 しかしながらこの芝居で私が一番気になったのは、スコットランド王子マルカムがとにかく「空気の読めない」奴だということである!「空気の読めない」という言葉はあまり好きではないのだが、芝居というのは誰かがその場にそぐわないことを言って場がスーッと白けたりいたたまれなくなったりする様子を表現するには最もふさわしい芸術…だと思うんだけど、この上演のマルカムはまさにそういう感じの人である。ベタベタしてるマクベス夫妻とか、ものすごく善人なオッサン風のバンクォー、激しい殺陣を鮮やかにこなすマクダフなんかに比べると、賢そうなのだが明らかに熱意がなくて頭でっかちでおもしろみのない人なのである。最初は役者が下手なのかと思ったのだが、これはひょっとしたら意図的なものなのかも…とも思った。


 そもそも戯曲を読んでいるかぎりでもこのマルカムは不思議な人で、王位を不正に奪われた王子にしてはカッコ良さが全然足りない。最後にマクベスを倒すのはマクダフなので殺陣でも見せ場がないし、後にスコットランド王位を継承するのはバンクォーの一族だということになっている。シェイクスピアの他の作品に出てくる反乱者だと、例えば『リチャード三世』のリッチモンドは颯爽とした若武者だし(『ヘンリー四世』では年食ってそうでもなくなっているが)、ハムレットはみんなに好かれる"sweet prince"だし、最後は殺される『ヘンリー四世』のホットスパーは血気盛んで非常に舞台映えする人物なのだが、マクダフはそういうキャラの濃さが全然ないのである。どうやら高潔な王子らしいのだがキャラがつまらないという点では『尺には尺を』の道徳マシンみたいな公爵に似ている。


 この王子のヘンっぷりが一番よく出てくるのは、イングランドに亡命している最中、正統な王位継承者として兵を挙げるようマクダフに説得される場面である。最初、マルカムは「自分はものすごいダメ人間だからスコットランド王位なんて無理です」と断り、自分がいかに女好きで強欲かを長々と説明する。マクダフは「ちょっとくらい女好きでも大丈夫ですよ!スコットランドには王子様と付き合いたい女はいっぱいいるからさ!」とマルカムを説得するのだが、それでも断り続けるマルカムに結局マクダフはブチ切れてしまう。そうすると掌をかえしたようにマルカムは「今までのことはあなたがスパイじゃないか試すための策略で全部ウソです。スコットランドの行く末については私もとても心を痛めています。もうおじのシューアドに援軍を頼みました」みたいな話をし始めて、マクダフはびっくりする。そこで王子が衝撃の一言を…

 "I am yet / Unkown to woman"「私はまだ女を知りません」

 …なんかこの上演ではこの台詞が出たとたん、グローブ座が割れるような爆笑に包まれたんだけど、日本で『マクベス』を見てこの台詞で笑いが出たことはないように思う(だいたいは真面目な場面として上演されている)。私もここは爆笑してしまったんだけど、なんかこうマルカムの台詞回しとか間とかがとにかく絶妙におかしいのである。「そこでそんな話するか…?」みたいな感じで…自分は真面目ですという話をしたいんだと思うけど、もうちょっと言い方があるだろうと思うのである。


 そのあとマクダフのもとにマクダフ夫人と子供が殺害されたという報が入って、一転してマクダフの愁嘆場に突入。しかしながら相変わらず状況の読めないマクダフは「この怒りを一転させて頑張って戦いましょう」みたいなやたら前向きな話をし始めるのだが、妻子を殺された人(しかも、スコットランドの妻子を守る手はずを整えずにイングランドにやってきたマクダフはたぶんすごくこのことを後悔している)にこういうのはたぶん一番言ってはいけないことだと思うのだが…この上演では、この台詞をきいたマクダフが余計悲しくなってしまう様子が結構はっきり出ていたように思う。


 …そんなわけでこの上演のマルカム王子は大変「空気読めない」人なのであるが、これを見ていて、実は『マクベス』はこういう空気の読めない独身者が最強であるという話なのでは…と思えてきた。マクベス夫妻はやたら愛し合っていて相手のことはたぶん口に出さなくても全部わかっており、お互いのために良かれと思って王を暗殺するのだが(マクベス夫人は気弱な夫を守って成功させるのが自分の義務だと思っているし、マクベスも妻が大事だから王妃にしてやりたいと思っている)、どうも愛を発揮する方向性が間違っていたせいでどんどん転落していってしまう。バンクォーはいいお父さんで、自分を盾に子供を守ったせいで惨殺されてしまう。マクダフは愛妻とかわいい子供を惨殺されたせいで復讐のためマクベスと死闘を繰り広げる。しかしながらマルカム王子は全く他の人間と愛その他の感情のしがらみによって結びつけられておらず、失うものが何もないし、他人の感情の機微とかそういうこともどうもあまり気にしてないみたいなので何でも好きなことをすることができる。結局はバンクォーの子孫がスコットランド王になるらしいということが劇中で予言されていることを考えると、マルカム王子というのは生殖とかそれにともなう家族関係、女への愛といったものと切り離されたマシンのような人で、頭はいいけどあまり感情の起伏がないのでとても強い。


 …そんなわけでこの『マクベス』は実は「独身者は所帯持ちよりずっと強い!」という話だった…ような気がする。



 あともうひとつ付け加えておくと、この上演ではやたらにスコットランド民謡が舞台上で歌われる。私は見に行けなかったのだが最近やってた『ダンシネーン』もやたらスコットランド色が強かったそうで、ひょっとしたら最近の流行なのかもしれない。