ジョン・ヘイウッド『お天気の芝居』

 一昨日、グローブ座でジョン・ヘイウッドの『お天気の芝居』についてのセミナーに出て来た。



 この芝居は1532-33年にヘンリー8世の宮廷でクリスマスの余興として上演されたものなのだが、英語がかなり古くて難しい上、宮廷演劇でその後の河原芝居(というと言い方が悪いが、テムズ河岸の一般向け劇場でやってたシェイクスピアとかの芝居)とはまるで違っているので、なかなか読みづらかった。


 この芝居の筋は、一言で言うとジュピターのお天気相談である。サトゥルヌス、アイオロス、フィーバス、フィービが自分たちの管轄である天気のことでケンカをしているので、ジュピターはこの際お天気を一種類に決めちゃおうと思い、メリーリポート(「陽気なご報告」)に、イギリスのいろいろな人々から希望の天気を聞きつけて調べてくるよう命じる。紳士、商人、森番、水車粉挽き屋、風車粉挽き屋、淑女、洗濯女、少年が嘆願にやって来るのだが、それぞれてんでばらばらな天気を願い出る上、お互いにケンカまで始める。そんなわけでメリーリポートから報告を聞いたジュピターは天気は以前の通りにして、それぞれの者がちょっとずついい思いをし、ちょっとずつは不便な思いをするよう取りはからうことに決める。


 筋だけきくと全くどうってことないおとぎ話みたいな筋だが、実はこのテーマは宗教紛争である。作者のヘイウッドはカトリックだったが、当時ヘンリーはキャサリン・オブ・アラゴンと別れてアン・ブーリンと再婚しようとしている最中で、イングランド宮廷は宗教問題でごたついていた。作中のお天気は宗教の比喩で、ジュピターはヘンリー8世であり、つまりこの芝居は「最高権力者は宗教について寛容であるべきだ」というメッセージを送っているらしい。

 もう一つの重要テーマは宮廷人の美徳で、宗教的寛容の他に勤労が説かれている。作中では紳士が狩りをしたいから晴れにしろとか言い、淑女は美貌が傷つかないようお天気をナシにしろ(??)とか言うのだが、どちらかというとこの二人とケンカする勤勉な商人と洗濯女のほうが生き生きとした人物として面白い台詞を与えられている。とくに洗濯女の言い分はやたら現代的で、「あんたはキレイじゃないから働いてるんだろ」とか淑女に言われて「私だって昔はあんたくらいキレイだったけど、仕事をして自分の食い扶持を稼ぐのに誇りがあるんだよ!」的なことを言って応戦する。この淑女vs洗濯女の口論はおそらく史上初の主婦vs職業婦人のバトルだと思う。このバトルでは洗濯女は下層階級の喜劇的人物で基本笑われる人ではあるのだが、勤労の美徳を備えていることには変わりないし、商人、森番、粉挽きたちも働き者だ。つまり、この芝居は働いてる人たちがジュピターに願いを叶えてもらう様子を見せることで、宮廷人たちに「真面目に仕事しろ!働かないで他人の宗教とか気にするのは災難の元!」ということを説いているらしい。なんと現代的な職場倫理…ヘンリー8世の宮廷とは思えない自由主義っぷりだ。


 『お天気の芝居』リサーチプロジェクトはオクスフォードブルックス大がエディンバラ大やハンプトン宮殿と一緒にやっている「ヘンリーの宮廷を上演する」の一部だそうで、昨年は役者たちが上演を行ったらしい。役者さんもセミナーに来てたのだが、そこで面白かったが、役者さんたちにとって『お天気の芝居』の時期に書かれた芝居はシェイクスピアに比べてかなり上演しにくいらしいという話である。エリザベス朝、ジェームズ朝の芝居は弱強五歩格がしっかりしたリズミカルな詩で台詞が書かれているので覚えやすく、とくにシェイクスピアはリズムのキメになるような重要単語がだいたい行の最後に来るし脚韻も巧みなので、役者にとっては台詞を体に入れるのが大変楽らしい。それに比べてクリストファー・マーロウより前の芝居は詩で書かれてるわけじゃないからあまり覚えやすくなく、しかもいわゆるカタロゴスみたいなお客さんを喜ばせるためだけの早口長台詞(似たような地名・人名をすごい早口でいっぱい言うとか)が含まれていたりして、非常に台詞が言いにくいらしい。もちろんイギリスの役者はシェイクスピアができるよう訓練されてるからっていうのもあるだろうと思うのだが、やはりリズムがあるのとないのでは台詞の覚えやすさが段違いらしいので、ひょっとしたらシェイクスピアをはじめとするイギリス・ルネサンスの芝居が今でも好んで上演されるのはこういう「役者がやりやすい」っていうのも大きな要因なのかなと思った。


 なお、『お天気の芝居』作者のジョン・ヘイウッドのことは誰も知らんと思うのだが、「ローマは一日にして成らず」とか、「目の届かないところに行くのは気の届かないところに行くのと同じ」"Out of sight, out of mind"とか、「日が照るうちに干し草を作れ」とか、「私が好きなら犬まで好いて」とか「飛ぶ前注意」とか、ああいうことわざを集めたのは全部この人である。おそらくシェイクスピア以前のイギリス人では最もことわざの出典になってる人だろう。お芝居のほうもなかなか笑える内容だし、どうもかなりウィットのあった人だったようだ。