ジンバブエを舞台にした翻案版『オセロー』〜サザーク劇場『オティエノ』

 サザーク劇場で『オティエノ』を見てきた。これは原作が『オセロー』なのだが、舞台を2008年のジンバブエ大統領選挙の少し前に設定して翻案にしてある。かなり暗いが、よく考えた翻案でわりとよかったと思う。


 オセローに相当するオティエノはミリシア(民兵組織)の隊長で、反ムガベ派の白人の大農場を守るため傭兵として雇われている(本当はジンバブエにはミリシアはないらしいのだが、2008年の選挙の時にムガベ派の反ムガベ派に対する暴力行為が相次いだのは本当なので、なんとなくあってもおかしくないようなシチュエーションに見える)。ムガベ派はこの大農場を包囲してしょっちゅう暴力行為を仕掛けてくるのだが、歴戦の勇士であるオティエノは全然動じず農場を守る。それに惚れたのが白人である農場の監督?(役職は何かわからないのだが、オーナーは別にいたのでたぶんオーナーの下の役職)の娘ダイアナ(デズデモーナ)で、二人は秘密結婚する。ところがオティエノを嫌っている部下の白人イアン(イアーゴー)の策略でダイアナはオティエノから不倫の疑いをかけられ…というもの。


 話はだいたい『オセロー』に似ているのだが、ちょっと違うのは、ダイアナのでっちあげられた浮気相手も黒人男性だし、エミリアビアンカの役柄を兼ねたダイアナの幼馴染みの女性も黒人だっていうことである。原作だと、オセローが妻デズデモーナは自分よりも洗練されている白人のキャシオーに心を移したのではと疑うのだが、『オティエノ』のキャシオーに相当する役柄の男性はなんかあまりパッとしない黒人の若造で、オティエノのほうがはるかに貫禄があるので、あまり嫉妬する必然性が…と思いきや、イアンが「選挙が終わればオティエノは農場の仕事を辞めることになる。ダイアナはその後のことを考えて農場の若い男に乗り換えようとしているんだよ」的なことを言ったせいでオティエノの嫉妬が爆発する、というジンバブエの政情にのっとった展開になっている。これはたしかになかなか説得力のある設定変更だなと思った。こんな感じで細かいところでしっかりジンバブエの政情を取り入れて、いかにも現代にもありそうな身近な悲劇にしているところがいい。オティエノやダイアナが本当にジンバブエの現代人っぽいので、最後のダイアナ殺害の場面とかとてもリアリティがあって悲劇的に見える。


 舞台装置も結構よかった。サザーク劇場は倉庫を改造した芝居小屋なのだが、むき出しの倉庫にコの字型になるよう椅子を並べて、真ん中の平戸間みたいなところに赤い砂をたっぷり敷いて舞台がわりにしてある。その中にビールの空き箱を積んでおいて、これを動かしてテーブルや椅子や塀みたいにして場面転換をするというもの。最後のダイアナ殺害の場面ではこの空き箱はシーツのかかったベッドになる。砂がやたらにくっつく(お客さんの靴の裏とかにもすごくついてた)のが難点だが、シンプルだけどかなり目を惹く装置だ。


 ただ、ひとつ私が困ったのが、役者がみんな結構アフリカ英語をまねて話していて、台詞があまりよくわからなかったことである。とくにイアン役の役者さんは早口で半分くらいしかわからず。アフリカ英語ってすごく聞き取り苦手…その上、チラシに役名の表記がないので、アフリカ名前の役名は本当はなんて言っているのか全然わからなかった。なんか日本語話者には全然聞き慣れない感じの名前で…あれはイギリス人もわかりにくいと思うので、なかなか不親切だ。


 あと、最近の政治ネタ(しかもジンバブエはいまだにあのありさまである)を正面から扱っているので、全体的に真面目になりすぎて暗かったのがちょっとなぁ…と思った。全体で客が笑ったところは二時間で三箇所しかなかったのだが、この手の家庭悲劇は笑うところと悲しいところのメリハリがはっきりしてこそ最後のあの悲惨な場面が際立つのだと思うので、もう少し前半は夫婦の掛け合いをコミカルにするとか、落差をつける工夫をしてもよかったのではと思う。いくらシリアスな題材を扱うからといって、ユーモアは必要だ。


 とりあえずそんな感じだったのだが、今でもジンバブエがあんな状態なのを思うとちょっと見た後暗い気分になってしまった。相変わらず独裁者のロバート・ムガベが陣取っているし、対抗しているモーガン・ツァンギライも私はどうだかと思っているところがある(ムガベほどではないもののツァンギライはホモフォビア的な意見を持っているのだが、ジンバブエは世界でも大変HIVキャリアの率が高いので、ホモフォビックな政治家がきちんと人権に配慮したエイズ対策ができるのか非常に疑問に思っている)。まあでも現代政治の嫌なところを描いたうまい翻案ではあったということだろうなー。