お疲れ気味のニート王子〜ナショナルシアター『ハムレット』

 ナショナルシアターでニコラス・ハイトナー演出の『ハムレット』を見てきた。基本良かったと思うのだが、ちょっと私の好みからすると殺伐としすぎていてホットなわくわく感に欠けるかなぁという感じ。

 演出スタイルとしてはセットも衣装も全部現代のものにしてあり、国王の執務室にはパソコンが置いてあるし、登場人物はスーツやTシャツを着ている。ハムレットがスマイルマークに"Villain"とプリントされたTシャツを作って劇中劇の場面で配るところは爆笑した(「人はほほえみ、ほほえみ、それでも悪党たりうる」という有名な台詞があるのだが、最初のほうでハムレットがこの台詞をいいながらスマイルマークと"Villain"という文字を落書きするという演出があるので、そのネタをひきずっている)。エルシノアの衛兵たちは銃を持ってるし、狂ったオフィーリアはラジカセを積んだショッピングカートを持って登場する。こういう現代スタイルの演出は前にナショナルシアターで上演された『女よ女に心せよ』でもあったので、味をしめてる…のかな?

 全体に大変容赦ない描写が多く、クローディアスは優しさのかけらもない冷酷な政治家だし(冷たい男だがガートルードだけにはベタ惚れというような役作りにする場合も多いと思うのだが、今回はそうではない)、ガートルードはどう見ても悪い男につけ込まれたアル中の中年女性だし、父の死に怒って王宮に飛び込んでくるレアティーズはまるでクーデターを起こそうとする反政府勢力みたいだし(銃を持って武装して王の部屋に飛び込んでくる)、オフィーリアの死は自殺どころかこれ殺されたんじゃないのっていう含みを残すような感じになっているし、とにかく暗い。ホレーシオは普通なら冷静で大人しい学者風に作ることが多いと思うのだが、この公演では最初出てきた時にやたら早口で勢いよくしゃべるのでびっくり…したものの、最後のほうになると友情を大事にする熱い男というキャラがどんどんできていって、なかなか意外性があってうまいなと思った。あとハムレットはすごく上手だったんだけど、かなり年をとっていた…劇評で髪の毛が後退気味とか書かれていたが、あのハムレットは30前後には見えんわなぁ…既にハゲはじめたのに王位を叔父に奪われた王子ニート…そりゃあ鬱にもなるだろう。

 役者はみんな好演してるし、現代劇スタイルの演出も味はあるし、三時間四十分くらいかかる舞台なのに飽きさせないという点では面白かったのだが、それでも「すごくわくわくした!」というふうにならなかったのは私の好みの問題だろうと思う。なんというか、あまりにリアルというか人物の作りにしても演出にしても卑近すぎて(ガートルードなんかほんと小金持ちだけど気の毒な近所のおばちゃんみたい…)、偉大な人間たちが繰り広げる壮大な悲劇っていう感じが少ないのである。『ハムレット』はいろいろな演出ができる芝居だが、私としてはもう少し"larger than life"な演出のほうが好きだなと思った。

 あと、原作では劇中劇をやるのは全員男の劇団でハムレット女形をごきげんをとったりする台詞があるのだが、この公演では女役は女優がやるというより「リアル」な設定になってた。個人的にはこういう変更はあまり好きではない。