男も女も若くても年取ってても、空想のしすぎはいけません〜ヘイマーケット座、シェリダン『恋がたき』(The Rivals)

 ヘイマーケット座で、18世紀アイルランドの劇作家リチャード・ブリンズリー・シェリダンの『恋がたき』(The Rivals)を見てきた。


 日本語訳も出ているはずだがめったに日本では上演されないのであらすじを書いておくと、舞台は18世紀、イギリス屈指のゴージャスなリゾート地だったバース。ロマンス小説にハマってロマンティックな駆け落ちを夢想している美しい女相続人リディアの心をいとめんと、リッチな軍人キャプテン・ジャック・アブソルートはわざわざ貧乏兵士ベヴァリーのフリをする。リディアはモテモテでジャックの友人ボブ・エーカーズや陽気なアイルランド人サー・オトリガーをはじめとしてたくさんの恋がたきがいるが、リディアの心はベヴァリー(のふりをしたジャック)との駆け落ちにすっかり傾いていた…ところ、なんとジャックの父サー・アンソニーが勝手に息子とリディアの縁談を進めようとしたため、ジャックは自分自身が恋がたきになるという奇っ怪な事態に巻き込まれてしまう。ベヴァリーの正体がジャックだと知ったリディアは騙されていたと激怒、二人はあわや破局へ。
 一方、リディアの後見人であるおばのマラプロップ夫人はサー・オトリガーに横恋慕して恋文を書くようになるが、メイドのルーシーがその恋文はリディアからだというようなフリをしたためサー・オトリガーはリディアは自分を好いていると勘違い。はたまたアブソルート家の親戚であるジュリアはジャックの友人サー・フォークランドと恋をしていたが、疑い深いフォークランドはいつも快活で社交的なジュリアが自分を愛していないのではと疑い、たびたび恋人の愛を試そうと変ないたずらを仕掛けたりしたためジュリアは逆に激怒してやっぱり破局。こんぐらがった恋路は最後は決闘沙汰にまでもつれこむが、決闘をとめようと駆け込んできた男どもが恋人に謝罪し、女どもは赦し、笑いものにされかけたマラプロップ夫人にもサー・アンソニーから色目を使われてご機嫌…のところでお芝居は終わり。
 

 これは今では「古都」扱いのバースが最先端のリゾートだったり、ロマンス小説が大ブームだったり、時代を感じさせるところはあるのだが、戯曲自体は大変よくてきていて全然古くなってないなと思った。たぶん全体を貫くテーマは「空想もほどほどにしないと恋の邪魔」ってことじゃないかな?

 ジャックとリディアの主筋が空想に楽しみを求めすぎる現実離れした女性を辛辣に諷刺しているとしたら、ジュリアとフォークランドの脇筋は空想で苦しみたがる男性を諷刺しているということで、大変バランスがとれた笑いを提供していると思う。とくに親切で明るく男友達からの評判がいいジュリアを異常に嫉妬深いフォークランドが何度も試してジュリアがブチ切れるという脇筋は現代の映画や戯曲にも普通にありそう。快活で感じのいいところに惹かれて女性に求愛したが、いざおつきあいを始めるとその快活で人に好かれるところがかえって気にくわなくなり、男友達の多い恋人に嫉妬するという男の人の話は現代でもよくきくと思うのだが、そういうのを大変うまく笑いに仕立てていると思う。あと、マラプロップ夫人とサー・オトリガーの脇筋も、厳しいようで意外に恋愛詩とかにハマってしまうマラプロップ夫人と、若い娘らしくもない手紙の文面をリディアだと思いこむサー・オトリガー(メイドのルーシーが火に油を注いだところがあるが)が出てくることで、やっぱり空想にはご注意ということが示されていると思う。


 なお、リディア役のロビン・アディソンは主役はこれが初めての若手だそうだが、えっらい可愛かった。ロマンス小説にハマりすぎて貧乏じゃなきゃ結婚しないという女の子というのは下手すると鼻につきそうな役柄だが、適度な奢りというか生意気さと品のあるところのバランスがよくとれていて非常にうまく役を作ってたと思う。後ろに座っていたおばあさん二人が、休憩時間に「あのリディア役のコはなんて可愛いの!」「芝居もいいし役にピッタリじゃない!」とかなんとか言い合っていた。
 ただ、この芝居で一番大変というか笑いをとらないといけない役は若い恋人たちじゃなく、上品に話そうとして始終ヘンな言い間違えばかりするマラプロップ夫人(ペネロピ・キース)と、頑固で大げさだが話す内容はめっぽう面白いサー・アンソニー(ピーター・ボウルズ)で、この二人には本当に笑わせてもらった。マラプロップ夫人の言い間違いの滑稽さは「マラプロピズム」という一般名詞になって英語に入っているくらい有名なのだが、ただこれはネイティヴじゃないとどう面白いのかわからないところが多かったなぁ…翻訳で上演する場合は大変だと思う。


『恋がたき』翻訳。絶版みたい。


舞台も時代背景もテーマもそっくり、ジェーン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』