まあ、さすがに大晦日らしい演目を〜マシュー・ボーンの『シンデレラ』

 観劇納めってことで、サドラーズ・ウェルズ劇場でマシュー・ボーンのバレエ『シンデレラ』を鑑賞。日付が変わることが重要な演目なので、大晦日らしいかと…

 ボーン版『シンデレラ』は、音楽はプロコフィエフの有名なアレなのだが、設定はかなり違う。舞台は1940年のロンドンで、ロンドン大空襲がモチーフ。義母から虐待を受けている貧しいシンデレラはパイロットのハリーと出会って恋に落ち、一夜をともにするのだが、12時になって帰ろうとしたシンデレラを空襲が直撃。大けがをしたシンデレラは病院に運ばれ、どさくさの中で恋人達は離ればなれになってしまう。シンデレラの靴の片方だけを見つけたハリーはほとんど狂気じみた熱心さでシンデレラを捜し回り、精神科に担ぎ込まれれる騒ぎになるのだが、病院でシンデレラと再会…というストーリーである。ただ、相変わらずうちはバレエとか不慣れなので話はあまりわかんなかったな…プログラムを買って予習してから見たのでようやくなんとなくはわかったという感じ。それでも細部は結構わからないところがいっぱいあった。

 プログラムの情報によると、なんでもプロコフィエフは戦時中に『シンデレラ』を作曲したそうで、ボーンはそこからこの第二次世界大戦版シンデレラを考案したらしい。まあたしかに言われてみると離ればなれにされる恋人達は戦争で引き裂かれる恋人達と重ねることもできるな…

 とりあえず雰囲気は全体的にかなりダークでエロティック、ブラックユーモアも多く、おとぎ話が原作とは思えないような現実的な戦時恋愛ものである。黒と灰色中心の戦時中のロンドンのセットはまるで暗い感じだし、空襲の場面の音響や照明ははっきり言って怖い。シンデレラは清純なおとぎ話の乙女っていうよりは気丈で健気なワーキングクラスの女の子って感じ。初めてオシャレをしてクラブに出かけたシンデレラに対して、美人発見とばかりに軍人達が次々にむらがり、列を作って踊りを申し込む場面とかはとても滑稽(シンデレラもモテて悪い気はしないのでいろいろな男と踊る)。続いてシンデレラが以前に一度会ったことのあるハリーと再会して部屋について行き、かなりエロティックな踊り(とはいえ全然下品ではない。むしろブラックユーモア満載のこの作品の中では非常に上品で清新な印象)をするあたり、子供にはよくわからなそうな感じ(隣も前の席も小学生くらいの子供だったが…意味わかったのかね?)。なお、義母はアル中のセクシーな熟女という設定なのだが、見かけよりかなり残虐で、最後なんか病気で弱ったシンデレラを殺そうと企む。

 映画が好きなボーンだけあって最初はニュース映画の上映を真似た場面から始まり、途中でもたまに戦時中のニュース映像が入るなど、映画のような舞台を目指しているようだ。お話も美術も『哀愁』などこの頃を舞台にした名作映画を題材にリサーチしたそうで、いかにもそういう感じ。『白鳥の湖』はすごく舞台らしい舞台だったが、『シンデレラ』はどっちかというと舞台よりはミュージカル映画っぽい「似非リアル」みたいなものを目指しているのかな…ちなみにバレエというリアリズムとはほど遠い舞台なのに時代考証はすごくしっかりしているようだった。実際に戦時中に開業していたクラブが爆撃されたという事例があるそうで(灯火管制があってもロンドンではクラブが店をあけていて、昔は上流階級しか入れなかった店でも軍服を着てれば入れたらしい)、シンデレラがクラブで軍人たちのパーティに出席し、帰りに爆撃に遭うところはそれを参考にしているらしい。

 まあバレエは全くわからないのでえらそうなことは言えないが(あらすじの要約とかも微妙に間違ってたりするかも…)、わからなくても踊りと美術を見ているだけで十分楽しめる演目だったと思う。ただ白鳥には負けるなぁ…ボーン版『白鳥の湖』は何度でも見たくなる妖気とオリジナリティがあると思うが、『シンデレラ』はよくできた翻案っていう感じが強くてそれ以上にはなっていない気がする。