あらすじはカルト宗教のプロパガンダ作品みたいだと思うが、パパパパパパパゲーノには勝てん〜ロイヤルオペラ『魔笛』

 先週の木曜は昼に『リア王』を見て面白かったのでそのまま授業に出て帰ろうと思っていたのだが、授業でなんかひどい映画を見せられたので帰りにお口直しということでロイヤルオペラの『魔笛』を見てきた。言わずとしれたモーツァルトの超有名オペラで、ケネス・ブラナーの映画も見たことあるしテレビやCDでは知っていたのだが生舞台は初めて。

 …しかし、映画で見たときも意味不明なあらすじだと思ったのだが、舞台で見ると意味不明な台詞が出るたびにお客さんが爆笑するのでいっそう変だと思った。あらすじは、若者タミーノが夜の女王から仇敵ザラストロに誘拐された娘パミーナを助けてくれと頼まれるところから始まる。タミーノは女王に仕える愉快な鳥刺し男(猟師の一種?)パパゲーノとパミーナ救出にむかう。ザラストロはイシスとオシリスを信仰する教団のボスで、一見悪党っぽいのだが、実はザラストロはパミーナの亡き父の友で、夜の女王の影響でパミーナがバカ娘になるのが心配で誘拐したということがわかる。これを知ったタミーノはザラストロのもとに下り、試練を経て立派な教団メンバーとなりパミーナと結ばれる。パパゲーノもちょっとした試練を経たのちにお似合いの女性パパゲーナと結ばれておしまい。

 で、なんかあらすじだけ見ると「カルト教団に娘を誘拐された母が娘の恋人候補をネゴシエーターとして送り込み奪還を試みるが、ネゴシエーターまでカリスマ教祖に洗脳されて教団に入ってしまった」という、オウムテロを子供の頃テレビで見て心底怖かったうちのような人(というかうちくらいの年で日本で育った人にはかなりカルト宗教に対する恐怖がない?)には全くおそろしいB級ホラーのようなあらすじで、しかもそれをハッピーエンドとして描いているあたり、どっかの教団のプロパガンダ映画みたいである。実際にモーツァルトフリーメイソンと関わりがあったらしいので、たぶんこれフリーメイソンプロパガンダ作品なんだろうねぇ…台本を書いたシカネーダーがフリーメイソンだったかについてはよく知らないのだが、エキゾティックで神秘的な宗教とかはウケると思ったんだろう。
 
 それでこの教団というのはえらくミソジニー的でおせっかいなので、なんでタミーノが教団に入る気になったのかは台本からは全然わからない。ザラストロは台詞からすると大変な女嫌いで、パミーナに対する思いやりよりは夜の女王をバカにしている気持ちゆえにパミーナを誘拐したとしか思えないし、21世紀に生きている人からすると、いくら躾がルーズだからってとくに虐待を受けているわけではない娘を母のもとから誘拐するってちょっと意味わからない。パミーナは明らかに母親を愛している優しい娘さんで、夜の女王もザラストロにブチ切れて我を忘れるまではちょっと過保護で我が強いだけのどこにでもいる母親だしなぁ…それに、これは私がオペラを見慣れていないからかもしれんが、最後に若い二人が耐える試練っていうのも何が試練なのかよくわからん。暗くて不気味なところ(火が燃えていたり水が流れていたりするらしいのだが、視覚的にあまりピンとこなかった)耐えるだけ?普通、試練ってなんかもっとすごいものじゃない?

 もう一つよくわからなかったのは、ザラストロがただの権威主義的なおっさんにしか見えなかったところである。以前見たケネス・ブラナーの映画ではザラストロ役の人は人民服をちょっとオシャレにしたような地味な格好で勤勉に働く若い労働指導者みたいな感じで(イシスとオシリスの信者たちも、宗教団体というよりはワーキングクラスの政治団体みたいな…)、労働者のリーダーvs貴族のおばちゃんという対立がある意味わかりやすかったと思うのだが、今回見たザラストロはそういう若いリーダーでもなく、かといって魔法を極めたガンダルフみたいなおじいさんでもなく、赤い軍服みたいな感じのファッションに身を包んだ恰幅のいいおじさまで、普通若い恋人たちの試練を描く作品だとこういうおじさまは「若者にまんまとしてやられる悪役」ではないかと…


 …しかしながらこのようなひどいあらすじでもとても面白く見られたのはやはりモーツァルトの音楽の力と、パパゲーノがあまりにも愉快だからだと思う。主筋は上で述べたように意味不明だが、パパゲーノとパパゲーナの恋路は実に楽しくて現代のお客でもすっと理解できると思う。パパゲーノは恋人がいないことを気に病んでおり、一生一人暮らしではないかと恐れているのだが(そのわりにうまいものとかいい酒が出てくるとそんなんどうでもいいとか言い出すいい加減なヤツ)、バアさんの姿に変装してあらわれたパパゲーナに「私と結婚しないとお前は一生一人でひどい目にあうぞ」とかなんとか脅迫されて「一生一人よりはバアさんでも…」と諦めて結婚を決める。ところが実はパパゲーナは年も愉快な性格もパパゲーノにぴったりのいい女で、本当の姿に帰ったパパゲーナを見たパパゲーノはすっかり恋に燃え上がってしまう…のだが、「お前にはまだ早い!」と坊さんに怒られてパパゲーナを連れ去られてしまう。絶望したパパゲーノは自殺を考えるが、音楽の力でパパゲーナを取り戻す。高望みを諦めて冷静になると相手の本当の姿が見え、良い愛が得られるというのは非常にわかりやすいあらすじだと思う。それでこの結ばれたパパゲーノとパパゲーナが一緒に歌うのが有名な「パ、パ、パ」(子供をたくさん作ろうという歌)なのだが、この演出では下着姿のパパゲーナがベッドに乗ったまま入場し、パパゲーノと二重唱して二人ともベッドに乗って退場というとても愉快な演出で、お客さん大喜び。

 そんなわけで、あらすじは意味不明だが音楽とパパゲーノを見ているだけで非常に楽しめるオペラだと思った。もう少しモーツァルトのオペラを見てみたいかも。今月は『ミカド』と『蝶々夫人』をやるそうなので、ちょっと古典的でわかりやすいものを中心にオペラに親しんでみようと思う(マイク・フィギス演出の『ルクレツィア・ボルジア』っていうのもやってるのだが、酷評されてるので行かないかも…)。