ギルバート&サリヴァン『ミカド』〜これはイギリス的センスだな…

 ロンドンコロシアムでギルバート&サリヴァンオペレッタミカド』を見てきた。19世紀末のロンドンを席巻した大人気オペレッタで、今でも英語圏では大人気らしい。しかしながら日本のミカドを題材にしていて不謹慎(?)だということで日本ではほとんど上演されない演目である。

 舞台は日本(というかエセ日本)で、主筋はミカドの息子で楽人に身をやつして放浪しているナンキ・プーと、処刑大臣ココの被後見人である美女ヤムヤムの恋。二人は好きあっているのだが、ヤムヤムはココと婚約しており、ナンキ・プーはミカドの決めた婚約者であるブスで熟女のカティシャが嫌で結婚から逃げ回っている。ココはミカドから死刑執行が少ないという苦情が送られてきて処刑業務を遂行せねばと思っている…ものの、なんとまずは自分を処刑せねばならないということがわかって困っている(いちゃつきだかなんだかの罪で死刑の予定らしい)。ところがナンキ・プーは、ヤムヤムと結婚できれば一ヶ月後に自分がココの身代わりとして処刑されてもよいと考えるようになる(死刑の身代わりが可能らしい)。ココとナンキ・プーはこの提案を実行にうつすことにし、ヤムヤムはまずナンキ・プーと結婚し、その死後にココと結婚するという取り決めになる。ところが夫が死刑になった場合妻は生き埋めにされるという古い法律があるのがわかり、ヤムヤムはナンキ・プーとの結婚を渋り始める。結局、死刑執行をしたくないココはナンキ・プーとヤムヤムを駆け落ちさせてナンキ・プーを死刑にしたフリをすることに。ところがそこへミカドがやってきて、放浪中の息子が死刑されたと聞きつけ大激怒。しかしながら最後はナンキ・プーとヤムヤムが生きて現れ、ココはカティシャと結婚することになり、めでたしめでたし。


 …と、いうわけで、何が日本なのはさっぱりわからんとかいうそれ以前に、話自体が非常にフザけた内容。音楽は非常にわかりやすくてきれいなのだが、歌詞もえらく人を食ったものばかりで、歌手がキメのところで"beheaded"とかでタメてのばしたりするのでなんか可笑しい(日本語で言うと、音楽が盛り上がったところの歌詞が「♪首ちょ〜んぱ♪」を繰り返すというような…)。なお、ミカドが登場するところではコーラスが「宮さん宮さん」を日本語で歌ったりするのだが、どう見ても著作権料を払ってるとは思えないから作曲者のサリヴァンがパクっただろとか、宮さんって英語でいうHighnessクラスの人の呼称だろうからMajestyであるミカドを「宮さん」と呼称することってほとんどないっていうか称号にうるさいイギリス人がそんなことでいいのかとか、どこからツッコんでいいのかわからんとはこのことである。

 しかしながらこの演出ではセットや衣装が1930年代のイングランド(最初はもっと前かと思ったが、途中で飛行機とかが登場)に設定されており、ヤムヤムとその学校友達であるピッティ・シング、ビープ・ボーの「三人娘」は寄宿学校の生徒の制服を着ているし、男性はみんなスーツである。台詞は「我々は日本の紳士〜」とか言い張ってはいるものの明らかにイングランドの話になっている(まあ、原作もそもそも「これは遠い日本のおとぎ話だから」と言い張りつつヴィクトリア朝の英国社会を諷刺する内容なのだが)。全員が日本っぽい姿で出てくるよりはこのほうがだいぶ諷刺の意味がわかりやすくて面白いのではないかと思う。

 三人娘の歌をはじめとする音楽の楽しさは太鼓判だし(19世紀のキラーチューンだろうな)、笑えるところも多いし、不敬だとか言わないで日本でもたまには上演したらよさそうなもんじゃないかと思うのだが、ただ正直なところ、これがミカドの話じゃなかったとしても日本で上演してウケるかはわからんな…イギリスのテレビコメディで日本でウケないものは多いのだが、笑いのツボが『ブラック・アダー』とかの所謂UKコメディに結構似ていて、背景知識を要求する独特のドタバタなので見慣れてない人にはわかりづらいんじゃないだろうか。イギリス人は爆笑してるのに何がおかしいのかさっぱりわからないところが結構あったな…

 オペレッタを全く見たことがないので歌手の力量とか演出については何とも言えないのだが、歌はおおむね良かったと思う。以前に見ていた『ミカド』のバックステージ映画『トプシー・ターヴィ』(この映画もイギリスでは人気がある)は映画俳優に実際に歌わせる方式をとっていて、みんな芝居はできてもかなり歌が下手だったので音楽の良さがイマイチわからなかったのだが、うまい歌で聴くとメロディが実にしっかりしていて軽妙でいいなと思った。ただ、三人娘の歌はちょっと動きが少ないわりにテンポが速過ぎてあまりピンとこなかったな…

 あとどうやらイギリスではギルバート&サリヴァンのファンダム(?)があるみたいで、お客さんのノリがふだんの芝居とは違う独特な感じ(「一見さんお断り」的な感じというか)でちょっと変わってたと思う。イギリス人はギルバート&サリヴァンオペレッタを学芸会とか子供会みたいなところで子供の頃から上演したりして、ハマる人は本当にハマって歌詞をそらんじたりするようになるらしい。じいちゃんばあちゃんが孫を連れて来たりとかしてたのだが(見方によってはアホみたいなエロ話なのに教育上どうだとか思わないのがイギリスの芝居好きの素晴らしいところ)、子供の頃からこういうのを見てればそれは笑いの感覚が結構違うだろうなとは思ったな…