RSC『ヴェニスの商人』ならぬ『ヴェガスの商人』〜舞台はヴェガス、アントニオはギャンブラー、求婚者の箱選びはリアリティショー

 RSCの『ヴェニスの商人』を見た。ルパート・グールドが演出、パトリック・スチュワートシャイロック役で、びっくりするようなスキャンダラスな演出。

 まず舞台はヴェニスならぬギンギラギンのヴェガスで、セットは電飾をふんだんに使ったド派手なもの。お芝居はシャイロックに雇われているエルヴィスの真似芸人ランスロット・ゴボー(ジェイミー・ビーミッシュ)のいかにもラスヴェガスふうなショーから始まる。そこに登場するタイトルロールのアントニオは危険な海に一か八かで船を出す貿易業を営む一方、夜は賭け事で稼ぐ生粋のギャンブラー(スコット・ハンディ)で、弟分の遊び人バッサーニオ(リチャード・リデル)をひどく可愛がっている。ベルモントのポーシャは父の遺言によりテレビのリアリティ番組「デスティニー」(ちゃんとテレビスクリーンなんかが舞台上に設営され、カメラワークとかもほんとにアメリカのくっだらんリアリティショーっぽい)で結婚相手を選ぶことになっている富豪令嬢で、パリス・ヒルトン(スーザン・フィールディング)みたいな感じのニセ金髪のちゃらいアメリカ娘。このパリスポーシャの最初の求婚者であるモロッコ大公(←原作では結構カッコいい)はマイク・タイソンかなんかみたいなパンツ一丁のアフリカンのボクサーで、「デスティニー」の公開収録では客席からバナナを投げられたりする始末(←バナナは「黒人=猿」という観客の差別意識を表すものなので、この演出はかなり辛辣に人種差別を諷刺していると思う)。ポーシャは新しい求婚者であるバッサーニオにぞっこんなのだが、バッサーニオはニセ金髪なのがバレちゃったポーシャよりもむしろ長年のパトロンであるアントニオのほうを大事に思っているのかもしれなくて、せっかく結ばれても若い2人はそこまで幸せそうなカップルには見えない…というまあなんか皮肉な展開。


 最初は度肝を抜かれたが、見てるとだんだん気にならなくなった…のは、たぶんそもそも『ヴェニスの商人』では主要登場人物である若者たちが恋愛喜劇の主人公としてはふさわしくないほど軽薄な連中として描かれてて、拝金主義に取り憑かれひたすらお金とかオシャレとかを求める浅はかなアメリカの若者たちに置き換えても結構うまくハマってしまうからだろうと思う。原作のバッサーニオは遊びまくって財産を食いつぶし、自分の魅力を使ってアントニオ(明示されてはいないが原作戯曲でもかなりゲイっぽく描かれてる)に後援してもらってる嫌な奴だし、グラシアーノをはじめとするバッサーニオの取り巻きのヴェニスの若い男達もみんなうるさくて結構無礼である。ポーシャはモロッコ大公の前では「あなたってステキね」ふうなことを言うのに陰では「黒人なんか!」みたいな悪口を言っているいかにも同性に嫌われそうなタイプの富豪令嬢で、個人的に私はシェイクスピア劇のヒロインの中では一番嫌いである。そもそもシェイクスピアの時代のヴェニスっていうのはオシャレだが道徳的には頽廃した場所と考えられていたわけだし、それって今のイギリスからするとまあアメリカみたいなもんだから、舞台をアメリカの拝金主義の象徴であるヴェガスにするっていうのは意外と効果的だよね…うーん、イギリス人の底知れぬ悪意を感じるな!


 ところが、シャイロックはこんなどうしようもないヴェガスヴェニスの街の中であまりにも真面目な人間で、はっきり言って少々浮いている。最初の場面ではいかにも勤勉で成功した権力あるユダヤ系のビジネスマンふうに登場するのであまり「抑圧されたマイノリティ」って感じがせず違和感があったのだが、そのへんはパトリック・スチュワートの力わざでどんどん客を引き込んでしまうので、客のほうとしてはシャイロックはこんなに真面目に働いており、亡き妻を忘れられず娘をひとりで育てているのに周りの軽薄な連中にユダヤ人だと言われバカにされてかわいそうだと思うようになる。あと、シャイロックは娘のジェシカがヴェガスの軽薄な風潮に染まらないよう、本を読ませたり音楽を聴かせたりして厳しく育てているという設定で、なんというかこのあたり非常に複雑だと思ったな…父親がやたら娘に権力を振りかざすというのはもちろんよくないことなのだが、それこそ今のアメリカみたいなところであまりにも放任主義で育てるとジェシカは女性の色気ばかりを重視する風潮に流されてパリス・ヒルトンみたいなお金持ちのバカ娘になってしまうかもしれないわけで、ジェシカが駆け落ちする場面は、いったいこんなしっかりした女性がこんなちゃらい夫と一緒になって幸せになれるのか、お金を吸い取られるだけなのではないか、と思ってしまった。


 そんなわけで、最初はびっくりするのだが話が進むとだんだん結構原作の複雑なところをうまく現代に翻案して生かした良いプロダクションであるように思えてきて、全体として非常に楽しめた。ただ、かなりの部分は役者の演技に拠っていると思うな…パトリック・スチュワートの芝居が良いのはもちろんのこと、スコット・ハンディ演じるゲイのアントニオの憂鬱すぎて神経衰弱一歩手前のけだるいセクシーさ(←非常に語弊があるが)は実に良かった。とても声が良くて台詞回しもわかりやすいのがいいと思う。ジェイミー・ビーミッシュのランスロットは歌もうまいしエルヴィスに結構似ていてほんとに笑えた。スーザン・フィールディングの軽薄さと一途さが微妙に交錯するポーシャも良かったな。