RSC『カルデニオ』〜シェイクスピアらしくはないが、意外に面白い!

 RSCの『カルデニオ』を見てきた。以前ニュープレイヤーズ座でやった時に詳しく書いたが、『カルデニオ』はシェイクスピアの手が入っているのではと疑われているいわくつきの戯曲である。


 RSCのプロダクションは18世紀のエディションである『二重の欺瞞』をそのまんまやっていたニュープレイヤーズ座のヴァージョンとはかなり違い、原作である『ドン・キホーテ』のカルデニオの挿話や他のジョン・フレッチャーの芝居の台詞を少しとりこんで話を整理し、わかりやすいようにしてある。『二重の欺瞞』はヒロインが強姦犯と結婚してハッピーエンドとかいう意味不明なもので、ニュープレイヤーズ座のヴァージョンではものすごくダークで陰惨なレイプリベンジものとして演出されていた。一方、RSCプロダクションでは原作『ドン・キホーテ』に忠実に、ヒロインのドロテアは強姦ではなく狡猾な結婚詐欺にあったということになっており、全体的に非常にコミカルに演出されている。結婚詐欺を働いた男のことを忘れられずに追いかけるという設定は強姦犯に結婚を迫るとかいう話よりも現代人にははるかにわかりやすいだろうと思う。


 このプロダクションが『二重の欺瞞』と違うのは、ドロテアが明らかにフェルナンドを愛していることである(ここが話をややこしくしている)。フェルナンドはドロテアの部屋に勝手に忍び込み、最初はかなり乱暴にドロテアに迫るのだが、途中から方針を変えて甘言を弄し結婚を約束してドロテアに婚約指輪を与える。そんなわけでドロテアもすっかり騙されてしまってフェルナンドに身を任せるのだが、この場面が強姦かどうかについてはかなり議論があるところ…だと思うものの、なんというかこういうのって現代でもよくあるよねぇ…ロクでもない(けど好きな)ボーイフレンドに迫られて、セックスしたいわけでもないのに相手を喜ばせるためだけにセックスしてしまう若い女性って今でもたくさんいると思うのだが、ドロテアがフェルナンドの要求をのんでしまう場面はまさにそういう感じで、役者の演技がいいのもあいまって非常に心が痛んだ。そういうのはデートレイプの一種だと思うのだが、問題なのはそういうのはあからさまな暴力や脅迫による強姦と違って女のほうが一途にロクでもない男のことを好いている(+性交渉のあとでも好きであり続ける)場合が多いということで、このRSCのプロダクションはまさにそういう健気で世間知らずな若い女性の非常に不幸な恋愛を扱っている感じで途中までは大変痛々しい(ドロテアがフェルナンドに捨てられた後、もらった婚約指輪を見てうっとりする場面が何度かあるのだが、そのへんロクでもない男への夢にしがみついている若い女性の恋情の表現として非常にリアルというか…)。最後は極悪な結婚詐欺師のフェルナンドがドロテアの一途な愛に打たれて泣いて改心するというハッピーエンドになってまあお客さんとしては安心するのだが、まあなんでこんなしっかりした女性がこんなダメ男とくっつくのか…というのは皆思うだろうな。

 
 役者の演技は皆非常に良く、アレックス・ハッセルがものすごいバカみたいなフェルナンド(とにかくリアクションが大げさでコミカルで、悪党というよりはただの何も考えてないアホなんじゃないかという感じさえする)を非常にうまく演じている。オリヴァー・リックスのカルデニオが狂気に陥る場面は非常に良かったので、今度はこの人がハムレットとか恋煩いのオーランドとかをやるところを見てみたいかも。ピッパ・ニクソンのドロテアとルーシー・ブリグズ=オーウェンのルシンダは、入り組んだ人工的な設定が多いジャコビアン悲喜劇の登場人物とは思えないほどナチュラルで、非常に親近感が持てる。


 ファッションや音楽はスペインふうの哀愁に満ちたもので、とくに最後のハッピーエンドがフラメンコで盛り上げられるところではお客さん大喜び。全体としてシェイクスピアっぽくはないし、途中ちょっと中だるみもあるのだが、笑えるし考えさせられるところもあるし、思ったよりも全然面白いプロダクションだった。