テリー・ギリアム初舞台演出作、ベルリオーズ作曲『ファウストの劫罰』〜モンティパイソン at オペラ!

 イングリッシュナショナルオペラで『ファウストの劫罰』を鑑賞。これはベルリオーズの音楽劇なのだが、オペラよりはオラトリオに近いものであまりオペラ形式では上演されないのだとか。

 しかしながらものすごくヴィジュアルが豊かで印象的な演出で、素人目にはこれぞオペラだ!っていう感じだった。そもそも私はギリアムの初舞台演出作で評判がいいからっていうので何の予備知識もなく(あらすじさえ知らずに)見に行ったのだが、見終わって劇評を見るまでこれがオペラとして作られた音楽じゃないなんて全然気付かなかった。それくらい舞台芸術としての見た目のインパクトがすごい上演。


 原作はゲーテの『ファウスト』。ファウスト博士が悪魔メフィストフェレスに誘惑されて現世の快楽を追い求めるようになり、マルグリートと恋に落ちるが、体を許したあとに戻ってこなくなったファウストに捨てられたと思ったマルグリートは落ち込んで母の投薬を誤ってしまい、母殺しの罪で死刑になることに。ファウストはマルグリートを救うためメフィストフェレスに魂を売って地獄に堕ち、マルグリートは天国に昇るという話らしい。


 ところが、ギリアム版では舞台は第三帝国、悪魔はナチス(悪魔なのだがハーケンクロイツを記章として使用)、マルグリートはユダヤ系で、母殺しで死刑になるのではなくナチスに死の収容所へ送られるという筋になっている。マルグリートをユダヤ系にしたせいで歌詞にたまに現れるキリスト教的な象徴が機能しなくなっている(というかなんかちょっとヘン)なところが多少気になったが、ギリアムの意図としてはたぶんマルグリートをキリスト教的な聖女のように描くよりは政治の犠牲になる一介の市民として描いたほうが今の観客には訴えると思ったんじゃないかな…ロンドンだと非キリスト教徒の観客も多いのでたぶん商業的にもそのほうがあたるんじゃないかと思うのだが。レニ・リーフェンシュタールの記録映画の映像をうまくとりいれたダンスは面白いし、最後にファウストハーケンクロイツの大プレートに逆さづりにくくりつけられて(わざわざファウストに袖の長い服を着せて、ハーケンクロイツの形になるよう洋服の袖をピンで板にくくりつけるという芸の細かさ!)逆さづりに舞台奈落に落とされるところとか大迫力で、舞台や映画を見慣れていてもやっぱりああいうハーケンクロイツを用いた大仕掛けな恐怖演出というのは怖いものだなぁと…まあオペラはこれくらい大げさで現実離れしてないと!!


 全体としてギリアムのアニメーターとしての経験が大変よく生かされていると思った。悪魔が動く場面でストロボを舞台上で点滅させてまるでコマ落としみたいな効果を作っているあたりとか(これは最近ダンスで流行っている演出なのでギリアムオリジナルではないと思うが)アニメーターらしい動きのとらえ方だと思ったし、あと移動する場面ではバイクの前に光を透過する薄いスクリーンを降ろしてそこに風景を投影し、右から左へ風景を動かすことで高速移動を表現するとか、技法自体はシンプルで一見バカバカしいようにも思えるのだが使い方がすごく上手で最初は「子供騙しな…」と思っていた客もだんだん引き込まれてしまう(移動の場面は最初はお客さんみんな笑っていたのだが、だんだん本当に移動しているみたいに見えてきて感嘆。あれって錯視効果か何かなの?)。


 で、一番いいのはそういう視覚的に派手な演出がきちんとベルリオーズのドラマティックな音楽にあっていて、歌手もみんなビジュアルに押されないようよく歌っているところだと思う。メフィストの人は始終エネルギッシュでコミカルだったし。ファウストは最初出てきた時はなんか冴えないオッサンとマッドサイエンティストの中間みたいでなんだこりゃという感じだったのだが、いかにもぶきっちょな感じがなんとなく憎めなくて、そういう憎めないダメ男が愛のために悪魔に魂を売るというのがなかなかに劇的だった。マルグリートは大柄でどしっとした歌声の愛嬌あるワーキングクラスの女性というような感じで、いくら悪魔の策略でもすごい美女がファウストを好きになるというのならあまりピンとこないけど、こういう目の覚めるような美貌ではないが小さい街では比較的モテるようなタイプの女の子が学識あるおっさんに憧れて慕うというのはなんか生活感があっていいかなと思った。


 そんなわけで、まあちょっと原作を変えているせいで歌詞と雰囲気があわないとかわかりにくいところもあったのだが、初めて舞台をやったにしてはものすごくよくできてるし、最近映画監督を起用して失敗することが多かったイングリッシュナショナルオペラとしては起死回生の一作なんだろうと思う。ギリアムはもともとアニメ畑からSF方面に行った人で、いわゆるリアリズム的な映画をとる人ではないので、そのあたりがわざとらしいドラマティックな演出が力を発揮するオペラによく似合った感じ。BBCが撮影しててそのうちDVDになるだろうと思うので、テリー・ギリアムのファンには見ることをおすすめする。ただ、あの舞台特有のギミックを使った演出がDVDでどの程度再現できるかはちょっとわからんのだが…


 ギリアムの個性はオペラとか舞台にあってるんじゃないかと思うのだが、なんか今回初めてオペラを作ってあまりの大変さにもう二度とオペラはやりたくない、またドン・キホーテの映画をどうにかして完成させたいと言ってるらしい。うーん…それってどうなの?