ウィンダム座、デイヴィッド・テナント主演『から騒ぎ』〜いやいや、テナントはドクターをやめても時空を操ってますよ

 ウィンダム座でドクター・フーことデイヴィッド・テナントとキャサリン・テイトが主演する『から騒ぎ』を見てきた。テナントはイギリスではお茶の間の大スターだし、テイトとテナントは既に『ドクター・フー』で共演したことがあるので大変話題のプロダクション。既にチケットが入手困難らしい。


 数日前に書いたがグローブ座でも同じ演目をやっているのだが、演出は全然違う。グローブは舞台装置もファッションもオーソドックスなルネサンスのヨーロッパふうでシンプルだが、ウィンダムのほうはセットもファッションも音楽も完全に80年代ふうで、男どもは白い制服に身を包んだ英国軍のエリート軍人。見ている間はよくわからなかったのだが、これはフォークランド紛争で勝利してジブラルタルに戻ってきた英国軍なんだそうである。多分イギリス人ならすぐわかるんだろうな…


 で、ベネディック役のデイヴィッド・テナントがとにかく面白いので完全にやられてしまった。テナントだけ明らかに周りの時空が違うというか、なんかテナントがしゃべっている時だけ客席と舞台の間に区別がなくて客もベネディックと一緒に宴会とかに参加でもしているような気になるの。激しいスコットランド訛りでしゃべるのだがどういうわけだか非常に台詞回しが明晰で、ゆっくりしているようでテンポがいいのでノンネイティヴでも大変聞き取りやすい。台詞の間のとり方とか抑揚とかもとにかく面白おかしくて、ビアトリスが自分のことを好きだという噂を吹き込まれて舞い上がってしまう場面は腹が痛くなるほど笑った(隣の真面目そうなおばさまが文字通り「ブーッ」っていう音を出して吹き出してたな)。あとなんだかしらんがとにかくすごくカッコいいんだって!白い士官服に身を包んでカートに乗って登場する場面から、相棒のキャサリン・テイトとディスコミュージックにあわせて踊る最後の場面まで、お客さんの老若女子はテナント力にやられっぱなしではっきり言ってなんでベネディックがこんなにカッコいいのかうちもわかりませんでしたわ。そんなにすごく容姿が整ってるとかではないと思うんだけど、客を惹きつけて笑わせる天分があるんだろうと思う。


 ビアトリス役のキャサリン・テイトも悪くないし2人で一緒に出ている場面では息がピッタリだったと思うのだが、ベネディックがビアトリスが自分のことを好きだという噂を吹き込まれて舞い上がってしまう場面に比べると、ビアトリスがベネディックが自分のことを好きだと言われてコロっと騙される場面は少し物足りなかったかな…グローブ座のヴァージョンではこの場面がかなり可笑しかったので、どうしても比べてしまってそう思うのかも。


 演出はかなり変更してあるので賛否両論あるところだと思うし、うまくいってるとことそうでないところがあると思う。うまくいってないと思ったのはアントニオをヒーローのおじではなく母(つまりレオナートの妻)にしたことと、あとヒーローのニセ埋葬の場面(音楽の使い方やクローディオの演出などが少しわざとらしいように思った)。うまくいっていると思ったのはドン・ジョンがヒーローの浮気をクローディオとドン・ペドロに信じ込ませる場面で、ここは素晴らしいと思った。レオナートの屋敷でバチェラーパーティ(独身男性が結婚前夜に騒ぐパーティ)とヘンパーティ(バチェラーパーティの独身女性版、花嫁は小さいヴェールをつける)が行われているという設定で、ボラチオがヒーローのヴェールを盗んで泥酔した恋人マーガレットにふざけたふりをして着せ、セックスしているところ(ボラチオが泥酔しているマーガレットをヒーローとか呼ぶ)をクローディオにのぞかせる…という演出で、クローディオがなぜヒーローの浮気を信じ込んだかが手に取るように自然にわかるようになっている。ここはこの芝居のプロット上一番わかりづらい箇所(しかも筋の上ではマーガレットは意図的に加担したのではなく騙されたということになっているので、なんでそんなことになったのか余計わかりにくい)だと思うので、こういうふうに演出するのは感心した。

 
 そんなわけでオーソドックスでシンプルな演出が好きな人にはあまりお勧めできないかもしれないが(それならグローブに行くべき)、派手な翻案が好きだったり、あるいはテナント力を体験したい方には大変おすすめ。しかし、グローブとウィンダムで客が笑う箇所がかなり違うのは驚いたな…どちらもそれぞれ良いプロダクションだと思うのだが、戯曲を読んでても噴いちゃうようなもともと笑える台詞はともかく、それ以外の台詞は間のとり方で全然笑いが違う。ロンドンにいる方は是非両方見てみることをおすすめします。