ユアン・マクレガー、メラニー・ロラン主演『ビギナーズ』(Beginners)〜末期癌の闘病の末亡くなったゲイの父のことを思う息子を淡々と描いた地味だが良い映画

 ユアン・マクレガーメラニー・ロランクリストファー・プラマー主演の映画『ビギナーズ』を見てきた。地味な話なのだが、大変良かった。

 舞台はアメリカのどこかの地方都市で、主人公はオリヴァーというイラストレーターとして働く青年(ユアン・マクレガー)である。オリヴァーの父であるハル(クリストファー・プラマー)は寡夫になった後にゲイだとカミングアウトし、かなり年下の恋人アンディと幸せに暮らしていたが、末期ガンであることが判明してつらい闘病の末亡くなってしまう。オリヴァーは父の死をひどく悲しんで四六時中父のことを思い出しているが(フラッシュバックで示される)、フランス人の映画女優アンナ(メラニー・ロラン)と出会って山あり谷ありの付き合いをするうちにだんだんショックから立ち直り…という話。

 ものすごく淡々としていてとくに何か大事件が起こるとかではないのだが、なんというか家族を無くしたごくふつうの若者の「喪」の期間の気持ちの移り変わりをいろいろな映像テクニックを用いて非常に自然に表現していてぐっとくるものがある。家族の死からしばらくたってもなかなか実感がなく、ちょっとしたきっかけでふと父のことを思い出して「ああ、もう父さんはいないんだな」「このことを父さんに話すことはできないんだな」と思ってまた落ち込んでしまったりとか、そういうのをオリヴァー視点でフラッシュバックを使って巧みに描いており(急に元気な父の姿にフラッシュバックしたりするのが悲しい)、こういう丁寧な編集こそ映画の醍醐味のひとつだなと思った。少しヌーヴェルヴァーグ風にオリヴァーが一人称視点でいろいろ説明したり一人語りをするところもあるのだが(イラストレーターなので絵とか写真を使って昔のことを話したりする)、そのあたりもあまり自己中心的にならず、ユアン・マクレガーの抑えた感じの台詞回しもあいまってとても真摯な感情の吐露という感じがする。アートハウス映画っぽいテクニックを嫌みにならずうまく使っていると思う。

 
 あと、ゲイとしてカミングアウトした父とどう向き合うかというのはやはり大きなテーマの一つで、このへんは同性愛者に対する偏見はないものの亡くなった母親が幸せだったのかどうか気にかかってならない息子の複雑な心境をかなり説得力ある感じで描いていると思った。オリヴァーは父がゲイで同性愛者の権利に関する運動やコミュニティ活動に参加していることについては積極的に応援しているし、かなり年下の恋人を作っていることについても多少戸惑う程度でまあそこまでは気にしていない(寡夫になった父親が急に若い恋人を作ったら相手が異性でも普通どう接したらいいのか最初はよくわからなくなると思うが、オリヴァーの動揺具合もそういう感じ。とくにハルの死後はアンディの顔を見ただけで生前の父を思い出して悲しくなってしまうのでオリヴァーはアンディに会いたがらないのだが、このことでアンディは自分がゲイだから嫌われているのではないかと誤解してしまう)。ただ、オリヴァーは父が生前に母とあまりうまくいってなかったらしいことはかなり気にしている。このあたりもフラッシュバックで生前の母(とても情熱的でユーモアがあるユダヤ系の女性)が「夫が淡泊で冷たい、同じユダヤ人でもっと共通点のある男と結婚すればよかった」みたいなことを言って悩んでいる様子がたまに出てきたりして、あからさまな描き方ではないがオリヴァーが母親思いでそのへんひっかかっていることがうまく示されてると思う。「母さんのことを愛してたんだよね?」と父に尋ねるフラッシュバックの場面とかもある。


 ユアン・マクレガーもいいし、あと『イングロリアス・バスターズ』以来しばらく見てなかったメラニー・ロランもとても自然でかつ可愛くていい。それからオリヴァーが父の死後に父が飼っていたアーサーというイヌをひきとるのだが、このアーサー役のコスモというジャック・ラッセル・テリアがとても芸達者だ。たまに下にアーサーの「台詞」として字幕が出て気の利いたことを言ったりするのだが(?)、これがまたイヌを飼ったことのある人なら誰でも頷いてしまいそうな台詞ばかりで面白い。


 と、いうわけで、『ビギナーズ』は地味だけど脚本も編集もとてもよくできていて、役者の演技もいいし、イヌもめんこいし、とても良い映画だった。日本公開の予定はあるのかな?