ダニエル・ブリュールがドイツの学校で初めてサッカーを教えた19世紀の教師を演じるドイツ映画『Der ganz große Traum』〜ナショナリズムや言語教育といったシリアスな問題をユーモアをまじえて軽やかに描いた秀作だよ!

 帰りの飛行機で見た映画がとても面白かったので本日はそのレビューを書こうと思う。ただ、問題はタイトルがドイツ語でよくわからないことである。

 一応、ドイツ語タイトルは『Der ganz große Traum』というらしいのだが、ドイツで今年公開されたばかりでまだ他の国で公開されてないらしいので、日本語タイトルも英語タイトルもついてない(公式サイトもドイツ語だけみたい)。一応、「とても大きな夢」とかなんとかいう意味だそうで、ドイツでは賞にノミネートされるなど比較的評判がよかったらしい。ダニエル・ブリュール主演なので、日本でもそのうち公開されるかな?

 たぶんドイツ語圏在住の人以外まだ誰も見てないと思うのであらすじを書いておくが、ダニエル・ブリュールがヒゲをはやして演じるコンラート・コッホは実在の人物だそうで、オクスフォードに留学して英語とサッカーを学んだ教員である。1870年代初め、普仏戦争直後にブラウンシュヴァイクギムナジウム(19世紀のドイツの教育制度が今とどう違うかよくわからんのでちょっとこの用語でいいのかは自信ないのだが)に英語教員として初めて赴任するのだが、ブラウンシュヴァイクの人々はナショナリズムの高まりのせいで外国語をうさんくさいと思っており、少年たち(男子校なんで女子はいない)はまともに英語を覚えようとしない。コンラートはどうにかして少年たちに英語に興味を持ってもらおうと苦心し、サッカーを使って体を動かしながら動詞やらなんやらを教えることにする。効果覿面、すっかりサッカーに夢中になる少年たち。ところがイギリスかぶれのサッカーをうさんくさいと思った父兄たち(母親はひとりしか出てこないのでまさに「父兄」)はサッカー禁止を画策。コンラート先生と生徒たちはどうにかしてサッカーを認めさせようと努力するが…というお話。


 とりあえず、ブンデスリーガが大人気でたくさんのスター選手を擁しているサッカー大国ドイツでも19世紀にはサッカー害悪論がまかり通っていたというのは全然知らなかった。どのあたりまで史実に基づいているのはわからないが、映画によるとこの頃のドイツでは体操が「ドイツらしい」競技として人気があり、サッカーはボールといちゃいちゃする野蛮なイギリスかぶれの競技みたいに思われていたそうだ。


 あとうちは近代史に疎いので、普仏戦争のあとのドイツはフランス嫌いだったのかと思っていたのだが、この映画に出てくるブラウンシュヴァイクの人たちは「次の仮想敵国はイギリス」と思っており、「英語なんか勉強したくない!ドイツがイギリスを征服すればイギリス人がドイツ語しゃべってくれるもん!」みたいなことを子どもたちが言ったり、なかなか反英感情が強かったような描き方になっている。現在のドイツではかなり英語教育が盛んなことを考えると隔世の感ありだが、こういうのってちょっと今のアメリカ人とかが言いそうな「アメリカが一番強くて世界中どこでも英語が通じるんだから外国語なんか習わなくていいよ」的な考えをやんわりと諷刺してるよね。こういう言い方が適切かはわからないのだが、この映画におけるドイツは「強国なのに田舎者」みたいに描かれてて、こういうちょっと問題ありそうな描写をあえてやったのは現代アメリカと重ねるためなんじゃないかと思ったのだが…コンラートは「ドイツ式の服従ばかりじゃダメだよ」というようなことをしゅっちゅう言っててそのせいで反感を買ったりするし、この頃のイギリス帝国の政策や現在の英語の勢力拡大とかを考えるとなんかコンラートは英語かぶれの嫌なヤツみたいに見えなくもないのだが、たぶんこれは「いくら国力があっても閉じこもらないで異文化を学ぶ気持ちがないとダメなんだよ」みたいな文脈で理解すべきものなんだろうと思う。


 で、この映画の特筆すべき点は、「外国語を学ぶこと=異文化を学ぶこと」という立場に立っており、「外国語=コミュニケーションのツール、文化は不要」という立場に真っ向から異を唱えていることである。外国語はただの道具だからそれにくっついてくるいろいろなしがらみは生徒に教えなくていいのだ、という考えは最近よくあると思うのだが、私はそもそも教育の対象になるような言語というのは政治とか文化的ないろいろな思惑によって成立するものだと思っているのでこの立場に懐疑的である。で、この映画のコンラートは「言葉だけ習ったってどーせつらまんのだからできるだけ面白い文化事項と一緒に教えて、生徒が自国の文化を客観的に見られるようにしたい」みたいなことを考えているらしい。ただの外国礼賛になってしまう可能性もあるという点でこういう教育方針は諸刃の剣なのかもしれないが、「自国の文化を客観的に見られるようにする」というところさえうまくいけばこういうのはかなり効果あると思う。

 と、いうことで、テーマ的にもいろいろ面白いのだが、役者の芝居も生き生きしてよい。まあダニエル・ブリュールはいつも可愛いしヒゲも似合ってるよ!他の役者がやったらイギリスかぶれのイヤなヤツになりそうなところも、さわやかダニエルがやるとインターナショナル好青年みたいに見えてあまり鼻につかないところが不思議である。あと子役たちもとてもいい。生徒たちの中で中心になるのは唯一学内ではワーキングクラス出身でシングルマザーに育てられている特待生のヨースト、金持ちの息子でヨーストをいじめているハルトゥング、工場主の息子でサッカーボールを作ってもうけようとするゴールキーパーのオットーの三人で、とくにいじめっ子だったハルトゥングが女の子にモテる(?!)ためにサッカーを頑張り始めていじめっ子をやめるあたりが微笑ましい。

 まあそういうわけでこの映画はナショナリズムやら英語教育やらいろいろ重くなりそうな話を生き生きした演技と軽妙な演出で楽しく描いているよくできた歴史ものだったと思う。英語を教えている人、サッカーが好きな人、ドイツ史に興味ある人は必見かも。