今こそマイク・チャップマンとニック・チンを称えよう〜サエラスムスによる頭のわるそうな70年代ブリティッシュポップ礼賛

 ポピュラー音楽の世界で有名な共作者といえばアメリカのリーバー&ストーラーで、この2人のコンビはアメリカン・アイドルでトリビュートされるくらい有名なのだが、イギリスのマイク・チャップマンとニック・チンはそこまで知られてない。作曲がリーバー、作詞がストーラーだったコンピと違ってチンとチャップマンはそういう分担はなく、2人でささっと曲を書いてグラムロック系のミュージシャンに歌わせ、すごい勢いでヒットチャートに曲を送り出していた。ただ、70年代にこの2人がプロデュースして今でもよく聴かれるアーティストというとスウィートとスージー・クアトロ程度で、マッド(Mud)とかアローズはまあ有名な曲もあるけどそこまで知られてないし、レイシーとかエグザイル、スモーキーになると「誰それ」レベルだと思う。


 で、このチンとチャップマンの音楽の特徴はとにかく「頭がわるそう」だということである。この2人の作っていた曲はバブルガムとかティーニーボッパーと呼ばれる十代前半くらいの若者を対象にした超ポップなもので、やたら耳につくキャッチーなサビ、踊りやすいリズム、「え?」って思うような単純な歌詞のしつこい繰り返しなどが特徴である。70年代のグラムロックにはもともとギンギンギラギラでポップな要素が多分にあったのだが、デヴィッド・ボウイなんかは今までのヒッピーふうなロックがつまらないからもっととんがったことを始めよう!的な感じでアーティスティックなコンセプトがはっきりしていたし作る曲も異常に知的というかインテリだった。T.レックスはえらいポップなのでサウンド的にはバブルガムに近いと思うのだが、「無垢への憧れ」みたいなものに取り憑かれている感じで、とくにマーク・ボランは頭がわるいというよりはむしろカンが良すぎてちょっとイカれていると言ったほうがいい。ちなみにうちの整理では「意図的におかしなことをするデヴィッド・ボウイ対天然でちょっとおかしいマーク・ボラン」という図式になっている。


 デヴィッド・ボウイの異常に知的な「スペース・オディティ」

 T.レックス「テレグラム・サム」(1972)


 ところが、このへんのグラムロック(とくにT.レックス)の上澄みをすくってチャップマンとチンが作ったサウンドは本来のとんがった感じが消えてなんかやたらと頭がわるい感じになる。音楽が「頭がわるい」というのは非常に定義が難しいが、とても参考になると思われる解説がふたつあるので以下に引用しておく。

頭の悪い音楽まとめ
「レゲエってわりとスカスカした隙間の多い音楽でだからこそすごい質量のドラムをぶっ込むラガコアが成立してるんだけど、ジプシーコアもともと質量過多なロマ音楽にさらに質量過多な高速アーメン押しつけて万力で無理やり1曲ぶんの大きさに固めました!みたいな感じですごい頭が悪くていい!!」

元モーヲタのためのAKB48入門 in 青空研究室はてな跡地

Perfumeに対する僕の評価は、「Jポップとしては良質でも、アイドルソングではない」というものである。ひとことで言えば、Perfumeの楽曲には、一回聞くたびごとに偏差値がひとつずつ下がっていくような、アイドルソングに特有の馬鹿馬鹿しさが欠けているのである諸君、馬鹿になるためにアイドルソングを聴いてたんではないのか?」

 で、ここで注意しないといけないのは音楽において「頭がわるい」というのは別にけなしているのではなくむしろエラスムスの『痴愚神礼賛』的な意味における「人々に遍く備わるバカの力」を引き出し日々の苦労から解放させてくれるという意味を持った褒め言葉であり(よって本日はsaebouではなくサエラスムスを名乗ることにする)、また作っている人の学歴とか階級には全く関係がないということである。あと、ここではティーンポップばかり取り上げるので「頭がわるい=子供向け」と考える人もいると思うが、メタルやギャングスタラップ、ダンスミュージック、OCRなどにも頭がわるそうな音楽はたくさんあるので年齢や性別には全く関係ない。


 それでまあチンとチャップマンの音楽でほんっとに頭がわるそうだと思うのはマッドの"Tiger Feet"。

 ビミョーなファッションにビミョーな踊りに「♪ベンベンベベン♪」というややウザいリズムに"that's right / that's right / that's right / that's right / I really love your tiger light"というしつっこい繰り返しの歌詞。これはイギリスではレトロなパーティチューンとしてよく聴かれているらしいが、まさにイギリス人がバカになりたいときにちょうどいい音楽なんだろう。


 スウィートは本来はもうちょっとロックな感じの曲を歌いたかったらしいのだが、チンとチャップマンにかかればこんなんである。

↓繰り返しの歌詞がしつこい"Wig Wam Bam"

↓何かが間違った民謡のような"Little Willy"

伝説的名曲である"Ballroom Blitz"はやっぱりオリジナリティがあるが、この最初っからあげまくってくる異常なテンション、無駄に速くて騒がしいカチャカチャカチャカチャ、ワケのわからない早口の歌詞など頭がわるいことこの上ない。さすが『ウェインズ・ワールド』で使われるわけである。


♪ふぁにふぁに はにはに

 なお、本当はスウィートはこういう路線が良かったらしい。

 ↑驚くことに"Fox on the Run"はあまりツッコミどころがなくふつうにカッコいいように聞こえる。まあちょっとやりすぎ感はあるがグラムだし!


 あとレイシー。レイシーはひどいよ!
↓「無理に踊らなくて良いよ!」と言いたくなる"Some Girls"



 ちなみにいつもはティーンポップを書いているチンとチャップマンだが、女ロッカーのスージー・クアトロはこの路線ではオリジナリティがなくて売れないと思ったのか、スージーにはかなりヘヴィなロックチューンを書いてる。しかしながら問題はたぶんスージー自体の個性で、この人は高音のキンキンした細い声のヴォーカルでたぶんロックヴォーカルじゃないし(どっちかというとカントリーとかに向いてる?)、見た目もなんかロッカーらしいところが全然ないのだが、それでもロックやりたい!と言ってやる気と根性だけでロッカーになったような人である(ジャーナリストのバーニー・ホスキンズは『グラム!』で「スージーがいくら自分でハードロッカーだと言い張ろうが全くハードロッカーには見えない、しかし紛れもないロックスターだという点でキャンプの権化のようなシンガーだ」的なことを言っていたがまさにそのとおりである)。というかこの時代はまだ女性のロッカーが少なくてやるほうも売り出すほうもちょっとコンセプトをどうしたらいいのかわからなかったんだろうな…そんなわけでスージー・クアトロの曲は頭がわるいとかいうレベルじゃなく「かっこいい…けど何かがおかしい!」みたいな感じになっている。
↓「デイトナ・デモン」


 あと、そんなに頭がわるそうではないのだがチンとチャップマンのヒットとしてはやはりアローズの"Touch Too Much"。


 たぶんこういうふうなツッコミどころの多い曲が流行った理由のひとつとして、アヴァンギャルド系なとんがったサウンドが少しでも流行るとそれを新製品としてもっと一般にウケるよう商業的に加工して売る傾向が音楽の世界では顕著だからだろうと思う。チンとチャップマンはやはり音楽を作る才能はあると思うので(チャップマンはブロンディのプロデューサーでもあった)頭がわるそうなだけで曲自体はいいと思うが、ボウイやボランに比べると明らかにオリジナリティでは劣る。これはグラムの時代に限らずどんな時代のパフォーマンスアートでも言えると思うが、いくらとんがったアヴァンギャルドなものをアーティストが開発してもすぐに一般向けに薄くしたコピーが出てシーン自体がつまらなくなってしまうので、基本的にアヴァンギャルドとメインストリームの騙しあいの追いかけっこになる。


 まあそんなわけで頭のわるい音楽をたくさん聴いたのだが、一般的にはポストグラムと見なされるベイ・シティ・ローラーズ(ギンギンギラギラのグラムから完全に離れてエディンバラの隣のにーちゃん的な個性をアピール)はこのチン&チャップマンの頭のわるそうなところは正統的に受け継いでると思う。