英文学科リサーチセミナー、アビー劇場デジタル再現プロジェクト

 一昨日のリサーチセミナーのテーマはダブリンにあるアビー劇場のデジタル再現プロジェクトについてだった。アビー劇場のもとの建物は1951年の火事で燃えてしまって今ダブリンにあるのは再建なので、その前の1904年にできたオリジナルの建物を3D技術で再現しようというもの。

 Abbey Theatre 1904
↑visualisationのところをクリックすると3D再現画像を見ることができる。

 アビー劇場の再現プロジェクトはロンドン憲章に基づいて行われているそうで、デジタル化までのプロセスを記録するとかいろいろな決まりがあるらしい。そんなわけで再現にどういう史料を使ったかとかいろいろきくことができた。とりあえず主な資料としては保険会社の持っていた地図(リフィ側からアビーあたりまでの区画の詳しい地図を十年にいっぺんとか作っていたらしい)、火事の翌日にとった写真、絵画、残っていたちっちゃい模型、火事の遺構の一部(個人の庭に移動されてたとか…)、火事のあとアビー劇場の設計者で希代の演劇オタクであったジョン・ホロウェイの膨大な手記とチケットコレクションなどらしい(このホロウェイのコレクションはすごい量があり、しかもチケットとビラが含まれているので演劇史学者には宝の山らしい)。アビーのチケットは座席表が印刷されており、お客さんはそこの予約席の箇所にチェックを入れるシステムになっていたので、チケットから座席配置も再現できるのだそうだ。このあたりの再現の過程は結構面白く、こんなんも使うのか…とか驚くところが多い。

 あと、昔のアビー遺構から運び出されたものが今アビーのどこにあるかとかも教えてもらった。現在アビーにあるイェーツの肖像画は実は再建前はチケット売り場の上にかけられていたもので、ナショナルポエトがチケットを買う人々を見下ろしているというようなちょっと怖い構図だったらしい。今はわりと低い位置にかかっているので、いかにも沈思黙考する詩人って感じになっており、旧アビーとはだいぶ雰囲気が違う。また、焼け残った鏡の一部は加工されて現在のアビーの装飾の一部になっているそうだ。

 そんなわけでいろいろな話がきけて面白かったのだが、講演でも冒頭で言っていたとおり、アビー劇場というのはダブリン市民、あるいはアイルランド共和国民にとってすごい意味を持っているものなのでいい加減な復元ではダメなんだ、ということがひしひしと伝わってきた。日本だとナショナルシアターとか言われても誰も何の思い入れもない(といったら悪いが、演劇がナショナルアイデンティティに対して何か作用したことといえばたぶん戦後に初めて忠臣蔵が上演された時くらいなもんだろう)と思うのだが、ダブリンのアビー劇場はレディ・グレゴリーやイェーツ、シングなどが集ったアイルランド文化の象徴ということでやはり市民のナショナリズム的思い入れが半端ではないらしい。観光雑誌や新聞にもこのプロジェクトのことは紹介されたそうで、やはり演劇の地位が全然日本と違うなぁ…という気がした。