『シャーロック』第二シーズン第一話「ベルグレーヴィアの醜聞」"A Scandal in Belgravia"(注意:ネタバレあり!)

 世界中のミステリファンが待ちに待っていた『シャーロック』シーズン2第一話、「ベルグレーヴィアの醜聞」"A Scandal in Belgravia"が本日BBC1にて初放送!

 これは日本の地上波ではまだ放送されてないと思うので一応ドラマの来歴を説明しておくが、『シャーロック』はシャーロック・ホームズたちが19世紀じゃなく現代のロンドンの探偵だったら、という設定でドイルの原作を翻案したドラマ(90分×3回のミニシリーズもの)である(19世紀のホームズはいなかったことになってるみたいだ)。21世紀のシャーロックは携帯電話やパソコンを駆使して犯罪捜査をする探偵で自分のサイトも持ってるし(こちら)、ワトソンはアフガニスタンで負傷した帰還兵である。2010年夏に第一シーズンが放送され、日本では今年の夏に一年遅れでBSで放送された(実は初回放送時に私は日本に帰ってて、家ではテレビがBBC1とBBC2しか入らないため再放送も見れなかったので、今年の夏に日本で見た)。


 で、第一シーズンがクリフハンガーで終わって第二シーズンに本日から突入したのだが、第二シーズン第一話は「ボヘミアの醜聞」が原作。原作のアイリーン・アドラーはボヘミアの王の元愛人だったオペラ歌手で、写真をネタに王を恐喝しようとしており、ホームズはこの写真を奪うよう依頼される…が最後はアイリーンとホームズの騙しあいになり、ホームズはアイリーンに一杯食われてアイリーンを大変尊敬するようになるという話である。「ベルグレーヴィアの醜聞」のアイリーンは上流階級向けのSMの女王様(dominatrix、主にレズビアンのお客が対象)をやっており、このアイリーンがどうやら英国王室と血縁関係にある女性のエロ写真を持っていて、それが入ったカメラフォン(どうもスマートフォンらしいのだが、なぜパソコンじゃないのだ…)と引き替えに英国政府になんらかの保護を要求しているらしい…という話である。


 あいかわらずスピーディでものすごくいろいろ詰め込みつつそれを鮮やかに処理する脚本と、ロンドンの風景を織り込みながらたくさんの情報を手際よく伝える編集はお見事である。会話が速すぎる上、文字情報もたくさん出てくるので(携帯のテキストメッセージのやりとりを画面にうつすという演出が多数ある)ノンネイティヴには字幕なしでは厳しいところもあるのだが、スリリングなだけじゃなく結構笑えるところもある。あと、最後のパスワードのオチはほんと素晴らしいね。流行語になりそう。


 役者陣もあいからわず素晴らしい。シャーロック役はベネディクト・カンバーバッチが演じているのだが、カンバーバッチのシャーロックは人間的な感情を絶対に表に出さずいつも冷静で、ちょっと間違ったらサイコパスな感じのダークな男である。原作のホームズもずいぶんと奇矯なところがある人だが(ヤク中だし)、カンバーバッチ版のシャーロックに比べれば独特の正義感があるし多少は礼儀正しい…ものの、このシャーロックは正義感ではなくスリルとかゲームの面白さに突き動かされて探偵をやっている感じで、どっちかというと犯罪者のほうに近い思考スタイルができる人である。まあしかし探偵のほうは原作にもある奇人としてのホームズ延長として考えることもできる一方、お目付役のワトソン(マーティン・フリーマン)のほうはけっこう大胆なキャラ変更がなされていると思う。ワトソンはアフガニスタンで負傷した後PTSDに苦しんでいる兵士で、変人のシャーロックの面倒をこまごまと見てあげる友達想いで一見常識のある人…なのだが、実は戦争の刺激が忘れられなくてついシャーロックのスリリングな捜査活動を手伝い、もめ事に巻き込まれてしまうというまあこれまたちょっとダークな設定の人である。この2人を演じるカンバーバッチとフリーマンの息がピッタリあっているのでシャーロックとワトソンのたまにスリリング、たまにコミカルなかけあいは安心して見てられる。しかしながら前回よりもいっそう2人が親しくなったせいで全体的にホモソーシャルな雰囲気が強まったようで、今回も2人はひたすらゲイカップルと間違われている(シャーロックはワトソンのデート相手をけなし、ワトソンはシャーロックがアイリーンに心を奪われているのが気になって…という描写がある上、アイリーンにもカップル扱いされる)。シャーロックが半裸にさせられてしまう(!)冒頭のサービスカットは必見。


 これに今回はアイリーン・アドラーを演じるララ・パルヴァーの好演が加わり、全体にセクシーな緊張感が漲るエピソードになっている。アイリーンは自称レズビアンで職業はSMの女王様なのだがちょっと性的指向に曖昧なところがあり、実は性欲とかないんじゃないかと思えるようなところがある。シャーロックは人間的感情を超越しているのであまり性欲とかがなく、セックスに関係する事柄に対しては超然としているのだが、アイリーンのほうは人間的感情を超越しているからこそ感情から切り離してセックスを武器にできている感じである。同じ土俵に立ちながら方向性が全然違うアイリーンとシャーロックが火花を散らすので当然ドラマ全体の雰囲気がえらくセクシーでスリリングになる(+あたふたしてもうシャーロックはアイリーンにとられちゃったとガッカリ気味のワトソンもカワイイ)。とくに初対面のホームズの前にアイリーンが全裸で現れる場面(ホームズは衣服から相手の行動スタイルを推測するので、アイリーンは自分の行動スタイルがバレないよう服を着ないで出て行った)のクレバーさはとても良かった。

 
 と、いうことで、ぎっしり詰まった充実したドラマで古典の翻案としては文句の付け所がない出来だと思うのだが、このエピソードの最大の欠点はやはり最後のオチだろうと思う。最後は気の利いた感じでシャーロックを勝たせる+第三シーズンがあった時に再登場させられるようアイリーンを生かしておくという理由でああしたのだろうが、展開は強引すぎるし今まではシャーロックと対等に賢さを発揮していたアイリーンが一気に鈍く見えてしまう。原作ではアイリーンとシャーロックは対等のまんまで終わるので、もうちょっとなんとかできなかったものかと思うのだが…


 と、いうことで、オチにかなり不満があったのだが、とはいえ見ている間はドキドキしっぱなしだったので来週のエピソード2がとても楽しみ。ただしなんか家のテレビが壊れたっぽいので、ネット中継で見ないとダメだな…