ロンドンアイリッシュセミナー、'Staging History in Brian Friel's The Home Place (2005)'

 今年になってから初めてのロンドンアイリッシュセミナー。テーマはブライアン・フリールの2005年の戯曲、"The Home Place"について。スピーカーはレディング大学のアンナ・マクマラン先生。

 ブライアン・フリールはアイルランドでは大変有名な劇作家でマクマラン先生いわく「アイルランド演劇の正典(canon)」に入るような作家なのだが、私は一作も読んだり見たりしたことはなく、たぶん日本ではあまり有名じゃないと思う(追記:教えていただいたのだが、最近徐々に上演されるようになっているとのこと。おお!)。あとセミナーに来てた若い学生で"The Home Place"を見たことあるという人が全然いなかったのだが…とりあえず、スティーヴン・レイと一緒にThe Field Day Anthologyの出版母体であるField Day Theatre Companyを立ち上げた人でDancing at Lughnasaの著者である。

 "The Home Place"は19世紀のドニゴールの架空の村、バリーベッグ(フリールの作品の大部分はこの架空の村が舞台らしい。ゲール語で小さい街とかいうような意味だそうだ)。地主のクリストファーが住んでいるところにいとこであるゴア博士という人類学者が助手のパーキンスを連れて村人の身体的特徴の調査のためたずねてくるが、ウザくて差別的なゴア博士の調査は村人に大変不評で…という話らしい。ホームルール関連のごたごたを絡めつつ帝国主義ナショナリズムのぶつかりをちょっと皮肉に描いた時代物だそうだ。フリールはアイルランド史の転換点を扱うのが好きで、"The Home Place"もそういう作品群のひとつとして扱うことができるらしい。

 全体的に細かい演出(両アイルランドを含めて世界各地で再演されたらしい)に関する分析が多く、テキストを読んでるか芝居を見たことがないと少し厳しい感じの発表だった。戯曲自体は面白そうだと思ったので、事前に読んでいけばよかったな…

 スピーカーの議論としては、フリールはベケットハロルド・ピンター同様鋭い劇作家だがアヴァンギャルドではなく"canon"に入るような作家であり、また自身をメインストリームな劇作家として位置づけているので、ベケットやピンターみたいな革命的な手法をあまり用いないようにし(フリール本人の言葉を借りると"devious"に書くようにしているらしい)、幅広く雑多な一般客を対象にステレオタイプカリカチュアなんかを用いつつ、笑いを取り入れながらアイルランドにおける歴史の転換点をうまく見せるような書き方をとっている、という話だった。

 しかしながらこの議論はちょっと私にはあまりピンとこないところが多かった。そもそも現代劇においてメインストリーム/非メインストリームなんていう二分法が成り立つのかがまず疑問だし(ブレヒトはどうだ、ベケットはどうだ、リミニプロトコルは…とか言い始めるともうなんだかさっぱり)、そういうものが成り立つとしてもたぶんそれはアメリカ、ブリテン諸島、あるいはヨーロッパの一部における大都市のように商業劇場が多数稼働している恵まれた環境だけではないかと思うからである。あと、ハイカルチャー/ポピュラーカルチャーの区別が絡んでくると余計ややこしいと思うので、フリールの芝居を「メインストリーム」と言うのはいったいどの程度適切なのかよくわからなかった(とりあえず、いっぺん実演を見てみたいのだが…)。まあそんなわけでわからないことがいっぱいのセミナーだったのだが、次回のセミナーはL・マクニースらしい。マクニースのほうがまだ馴染みがあるので多少はわかるかな…

 なお、フリールの代表作"Dancing at Lughnasa"はメリル・ストリープ主演で映画化もされているのだが、私は未見だしたぶん日本ではDVDが出てないと思う。