スピルバーグ最新作『戦火の馬』映画版〜よくできているが、かなり原作より柔らかめ

 スピルバーグの『戦火の馬』(War Horse)映画版を見てきた。去年舞台版を見てきたし原作も読んでいるのだが、かなり小説・舞台に忠実だった。全体としては結構盛りだくさんな内容を二時間半弱の尺に詰め込んで全然飽きさせず、またユーモアをまじえてお客さんが自然に馬と少年に感情移入できるようにしており、とてもよくできた映画だと思った…のだが、ちょっと原作のとんがったところを柔らかめに丸くしすぎているのではという気もした。

 あらすじは既に前にいっぺん書いたのだが、これはイギリス、デヴォンシャーの村でアルバート少年に大切に育てられた賢い馬ジョーイが第一次世界大戦の軍馬として売られ、戦場で大変な苦労をしたのちにアルバートと再会し故郷に生還するまでを描いた作品である。もとになった舞台はロンドンナショナルシアターの大ヒット作なのだが、ああいう舞台だからこそ成り立つ話を実にうまいこと映画にしたなと感心した。

 とりあえずデヴォンののどかな田舎の広々とした感じと狭苦しくて煙が立ちこめる第一次世界大戦の戦場の閉所恐怖症的な感じの対比をうまいこととらえた映像がいい。舞台になくて映画にあるものは実際の空間の広がりなので、それをきちんと持ち込んで映画の醍醐味を出してくる翻案の仕方は実にうまいなぁと思った。撮影は相変わらずヤヌス・カミンスキだそうである。

 実は私は『プライベート・ライアン』を見てないので戦闘シーンははっきり言って比較できないのだが、戦争の場面はかなりえぐいしリアルである(インド系らしい兵士がちょっとうつったりするあたり芸が細かい)。だた、どうもレイティングの関係で血を見せられなかったらしいので(もとが児童文学なので子供が見に来るだろうと思ったらしい)、どんだけ爆弾で人が吹っ飛ぼうが毒ガスが充満しようが馬が鉄条網に引っかかろうがほとんど血が見えない。あんだけ爆弾で人が吹っ飛んだらかなり子供は動揺すると思うのだが、血さえ見えなければレイティングがPG-13になるっていうのはなかなかおかしい規準だなと思った。だいたい人がケガしたら血が出ることぐらい小さい子供にもわかりそうなもんだし、この映画で馬や兵士が出血したりしても誰もこの映画が暴力的な映画だとは思わないと思うのだが。

 とはいえレイティングを逆手にとってかえって「うわぁ…」みたいな感じを出すことを狙った演出もあり、このあたりはいいと思った。例えば主人(馬?)公である軍馬ジョーイの二番目の主人であるニコルズが戦死するところは、必死にジョーイに乗って突撃するニコルズの表情→ドイツ軍側のひたすら弾を発射し続ける銃口→乗り手がいなくなって一頭で森の中を走るジョーイ、という編集でニコルズが死んだことを示していたのだが、直接死ぬところを見せないぶん見ていて厳しいものがあった。あと、ドイツ軍の手に渡ったジョーイに乗って軍務から脱走したローティーンの兄弟が処刑されるところはかなり上のほうから引いたとり方で直接血が見えないようにしており、これまたショッキングさがないぶんいやーな感じだったと思う。

 ただ、ちょっと原作に比べて柔らかすぎるというかお涙頂戴すぎる演出があり、とくにアルバートの父親のダメおやじっぷりが軽減されていたのはなんかあまりいただけない趣味な気がした。原作の父親はああいう戦争の英雄とかじゃなかったはずだし、もっとのんべんだらりとした単なるダメ親父である。これは児童文学なんだから(当然、ダメ親父を持っている子どもたちも読むはずである)、ああいうふうに父と子の絆を美化するよりは「ダメ親父がいてもあまり気にすんな」みたいな作りにしたほうがリアルでいいと思うんだけど(原作のアルバートの物語は「ダメな親にひきずられんな、自分が好きなものを追求せよ」っていう話だと思う)。あとドイツ軍が英語をしゃべっているのは非常に違和感があったな。


 ちなみに『シャーロック』に出演しているベネディクト・カンバーバッチが一瞬だけ出ている。あの顔なのでドイツ軍かと思ったら英国軍だった。