イングリッシュナショナルオペラ『薔薇の騎士』〜なぜオバサンは立派なのにオッサンはダメなのか

 ロンドンコロシアムでリヒャルト・シュトラウスのオペラ『薔薇の騎士』を見てきた。デイヴィッド・マクヴィカー演出のイングリッシュナショナルオペラの公演で、歌詞は全て英語、かつ字幕がつく。

 大変有名なオペラらしいのだが一応あらすじを書いておくと、第一幕は元帥夫人マリ・テレーズ(32歳くらい)が若い貴族オクタヴィアン(17歳くらい、女性歌手が男装して演じる)が朝に情事のベッドで目覚めるところから始まる(まあ、今の感覚では犯罪である!)。マリ・テレーズは夫である元帥が留守がちで寂しいのもあり、現在の愛人であるオクタヴィアンに心を奪われているが、やがて自分は年をとってオクタヴィアンは去っていくであろうという諦念をも抱いている内省的な大人の女性である。ところが不倫中の夫人の部屋にがさつないとこオックス男爵が押しかけてきたため、オクタヴィアンは女装し、マリアンデルと名乗って小間使いのふりをして逃げようとする…が、好色なオックス男爵に引き留められ口説かれるなどさんざんなめにあう。ただ、オックス男爵の要件は小間使いをくどくことではなく、新興貴族である裕福な商人ファニナルの娘ゾフィに求婚するため求婚の使者である「薔薇の騎士」をつとめる男性を紹介してほしいというもので、マリ・テレーズはオクタヴィアンを推薦する。オックス男爵はこれを受け、オクタヴィアンを使者に立ててゾフィに求婚するが、礼儀正しく夢見がちなゾフィはがさつなセクハラ野郎であるオックス男爵にひどく幻滅し、颯爽としたオクタヴィアンと愛し合うようになる。ところがファニナルはゾフィがオックス男爵と結婚するよう強制する。これを見たオクタヴィアンは一計を案じ、マリアンデルのふりをしてオックス男爵に手紙を出して居酒屋での逢い引きを持ちかけ、そこでオックス男爵を罠にかけて笑いものにしようとする。計略は途中までうまくいき、オックス男爵が罠にかかったところでファニナル父娘を呼び出してオックス男爵のふしだらな生活ぶりを見せつけるところまで作戦は成功する。ところが大混乱になった居酒屋に突然マリ・テレーズが現れ、事態を収拾し、オックス男爵を諭してゾフィとの結婚をあきらめさせる…が、さすがのにぶちんであるオックス男爵もオクタヴィアンとマリ・テレーズが愛人関係にあることに気付き、そばできいていたゾフィにもそれがバレてしまう。愛するオクタヴィアンが自分より身分も高く美しい大人の女性と恋愛していると知ってショックを受けるゾフィ、ゾフィに惹かれつつマリ・テレーズへの愛を捨てきれないオクタヴィアンを見たマリ・テレーズはオクタヴィアンが自分のもとを去るべき時が来たと知り、オクタヴィアンにゾフィに求婚するようすすめ、ゾフィに自分はもうオクタヴィアンの愛人ではない、オクタヴィアンはゾフィのものだ、とほのめかす。ゾフィとオクタヴィアンが結ばれたことが暗示されてオペラはおしまい。

 休憩をはさんで四時間くらいかかる長大なオペラで、音楽も思っていたよりモダンでけっこう難しいところもあると思うのだが(モーツァルトふうの親しみやすい旋律を目指したらしいのだが、お茶目な不協和音の使い方とか、セリフをのせることを主眼とし覚えやすさはあまり重視してないメロディとかがやたら現代風で初心者には難しい)、脚本が非常にちゃんとしたヨーロッパふうの大人なロマンティックコメディで、今までうちが見た『魔笛』とか『ミカド』に比べれば全然わかりすく親しみやすいものなので全く飽きなかった。オクタヴィアンとゾフィの恋物語は若くてお似合いの恋人、恋路を邪魔するアホなおっさんの求婚者、抑圧的な父親、というシェイクスピア喜劇でおなじみの典型的な風習喜劇で、大人の女として何が立派な振る舞いかを常に考えるマリ・テレーズの物語もなんかベティ・デイヴィスとかキャサリン・ヘップバーンみたいなハリウッドの黄金時代の女優さんがやったら似合いそうな感じである。マリ・テレーズの物語が全編に深みと哀愁を添えているせいで、このオペラは単なる爽快ラブコメではなく若さと成熟それぞれの美点と欠点を対比させる複雑な恋愛ものになっていると思う。

 …しかしながらこのオペラそのものの話がそうなのか、このプロダクションの特徴なのかはわからないのだが、今回見た『薔薇の騎士』では、オッサンは身の程知らずで嫌われても若い女のケツを追いかけてばかりだが、オバサンは何もしなくても若い男を惹きつけるような魅力的な女であってもいつかは愛に終わりがあることを知っていて内省的だ、というふうになっていて、非常にオッサンに厳しくオバサンに優しい内容になっているところが面白かった。オックス男爵が所謂「アホな求婚者」キャラにしてはものすごく強烈で、階級差別とセクハラ丸出しのいやらしいオッサン(面白おかしくはあるのだが)で自分のバカぶりを棚にあげてゾフィと結婚できると思いこんでいる一方、マリ・テレーズは自分の身分がものすごく高いわりには階級を気にしないところがあり、オックス男爵について「あんなのが若くて可愛くてリッチな娘と結婚する気で、しかも自分のほうが身分が高いから恩恵を施してやってると思いこんでるなんて!」と驚いていたり冷静である。別にシュトラウスがこのオペラを作った頃のウィーンやドレスデンにはマリ・テレーズみたいに内省的なオッサンやオックス男爵みたいに下品なオバサンもいただろうと思うのだが、このオペラはたぶんマリ・テレーズみたいに教養があって酸いも甘いもかみ分けたご婦人方をお客としてターゲットにしていたのかな…と思う。

 なかなか音楽が初心者には難しいのと(独特のしゃれた魅力があるのだがキャッチーで覚えやすい歌が少ない)、あとイングリッシュナショナルオペラで見たせいで歌詞が英語でドイツ語のほうがセリフのノリが艶やかなのではという気がしてちょっとよくわからなかったのもあり、歌のほうはあまりコメントできないのだが、サラ・コノリーのオクタヴィアンはとてもカッコよかった!やはりズボン役はいいなと思う。マリ・テレーズ役のアマンダ・ルークロフトもいかにも大人の女性という感じでよかったという気がする。