アポロ座『国王ジョージ三世の狂気』〜裏『英国王のスピーチ』

 アポロ座でアラン・ベネットの『国王ジョージ三世の狂気』(The Madness Of George III )を見てきた。これは『英国万歳!』として映画化されたので見た人もけっこういると思うのだが、ロンドンのメジャーどころでの上演はナショナルシアターでの初演以来らしい。

 話はまあほとんどタイトルどおり、所謂リージェンシークライシスの時期を扱ったもので、ジョージ三世が発狂し(劇中では病名が明示されないのでそうとしか言いようがない)、治療を受け、病状が快方に向かうまでを描いたものである。

 で、このプロダクションは笑えるし面白いと思うのだがたぶんそれは主演のデイヴィッド・ヘイグの芝居が素晴らしいからであって、実は戯曲自体は歴史を扱った喜劇としてはそこまでものすごくよい出来というわけではないのではないか、という気がした。というのもいったいジョージの狂気は国王であったことの重責が原因なのかそれとも何か他の疾病なのかもあまりはっきりしないし、なんであの治療法で快方に向かったのかもちょっとよくわからない。あとピットやフォックスをめぐる政治的あれこれの描き方もやや物足りない感じがする。それからこれは演出の問題かもしれないと思うのだが、ちょっと全体的に話が英国の王室や慣習、政治に対する辛辣な諷刺劇と、ふだんは礼儀正しく親切なのに突然発狂した国王を中心にした人情喜劇との間で揺れ動いていて軸がしっかりしていない感じがした。最後に王がみんなをクビにするところとかを見るとまあ諷刺劇なんだろうなーって気がするが、どちらかというと映画のほうがそのへん辛辣だった気がする。

 で、たぶんこう思うのは『英国王のスピーチ』と比べてしまうところがあるからだろうと思う。あれも英国王が心因性の問題で医者に通うことになり、医者が王のふつうの人間としての部分を剥き出しにしていくという点では『国王ジョージ三世の狂気』と似ていると思うのだが、なんてったってあれは敵がナチスだしオチもすっきりしていて、軸がブレてない作りになっていた。しかし『国王ジョージ三世の狂気』は『英国王のスピーチ』とは違って感動ものには絶対ならない話なんだからもっと辛辣な諷刺にしたほうがいいのではと思うんだけど、諷刺と人情のいいとこどりを試みてすっきりしなくなったような感じがある。

 とはいえデイヴィッド・ヘイグはとても良い。狂気の芝居は大袈裟スレスレで、ここまでは舞台の上でなら許される!というギリギリのラインを狙ってくる感じでなんかすごいプロだなぁと思った。笑わせるところは笑わせるつつ、王の優しいところ、尊大なところ、世間離れした「王」らしいところ、王としての重責に苦しんでいるところなどを次々と見せてくれるので、演技を見ているだけで飽きない。金曜の夜だというのにあまりお客さんが入ってなかったのだが、ヘイグの演技はスタンディングオベーションを受けてた。

 なお、ベネットの戯曲と映画ではジョージ三世の病気はポルフィリン症(当時はわかってなかったので劇中では明示されない)だという前提になっているのだが、実は最近はポルフィリン症ではなくマニア(躁病)ではという説有力らしい(オンラインカタログで調べたところ、この説を支持する論文が数本出ている)。