サドラーズウェルズ劇場、ペットショップボーイズが音楽を担当した"The Most Incredible Thing"〜演出は音楽とセットに負けてる

 サドラーズウェルズ劇場でペットショップボーイズが音楽を担当したバレエ"The Most Incredible Thing"を見てきた。原作はアンデルセンの「とっても信じられないこと」。振り付けはハビエル・デ・フルトス。

 原作は読んだことないのだが、批評によるとあらすじはアンデルセンとだいたい同じらしい。ある王国の王が「とっても信じられないこと」をした男に王国の半分を譲り自分の娘と結婚させると約束するので皆がとっても信じられないことにチャレンジする。そこである職人が魔法の時計(定刻になると本当に生きているのかと思うような人たちが出てきて大規模なイリュージョンが発生するというもの)を作って「とっても信じられない」と認定される。ところが他の男が時計をぶっ壊されてしまい、これが「もっととっても信じられない」と認定されたため、職人は姫様を奪われてしまう。ところが壊れたはずの時計の人たち(妖精?)が出て来て時計をぶっ壊した男に復讐したため、これが「もっととっても信じられない」と認定されて職人はめでたく姫様と結婚できる…というもの。

 王国はペットショップボーイズお得意の社会主義リアリズムふうな音楽とセットで旧ソ連を思わせるものになっており、一方で時計のイリュージョンは8時には音階にちなんでピアノが出たり、11時にはアポロ11号が出て来たりなどいろんな仕掛けを使った華やかなものになっていて、デザインは全体的にかなり良い。あと主人公である職人のレオはダサいトレーナーみたいな服を着ている心優しいメカオタクで、お姫様がこのパッとしない男に惚れ、それを邪魔するのが輩を引き連れたチンピラだが結局はチンピラがハサミでちょん切られて(暗示されてるだけだが)敗北するというややブラックな「負け犬の反撃」描写もいい。まあこれは踊り手達が頑張っているのもあると思うけど。

 ただ、演出と話の翻案は正直どうかなーと思った。踊りについてはよくわからないのだが、たぶんこの話のテーマは「暴力に対する技芸の勝利」だと思うんだけど、レオの時計作りのところとか演出に繊細な工夫が足りず、なんか時計をただの魔法でパッと派手に作ったみたいな感じになっててテーマがきちんと表現されてないように思った。原作を読んでいないのであまりえらそうなことは言えないのだが、アンデルセンの話でうちが子供の頃に読んだことのあるものはどれもおとぎ話のくせに独特の深みとくらーい感じがあったのでこの話もきっとそうなんじゃないかと思うのだが、全体に演出にそういう繊細なところがなく、派手派手なセットに負けていて大味な気がした。

 ペットショップボーイズの音楽は大変良かった。ただし最初の音楽がミスターマリックの出てくる時の音楽に似ているのだけはちょっといただけなかったかな。

 しかし、このプロダクションを見てやっぱりマシュー・ボーンはすごいんだなと思った。方向性はボーンと似ていると思うのだが、マシュー・ボーンはギンギラギンのセットに負けないストーリーと演出がある。やはりセット負け・音楽負けしてしまうような演出だとこの手の派手な演目は楽しみが薄くなってしまうと思う。