オールドヴィック、ジョン・ウェブスターの『モルフィ公爵夫人』〜この戯曲はスゴい。

 オールドヴィックでジョン・ウェブスターの『モルフィ公爵夫人』を見てきた。とにかく戯曲のスゴさに驚いた。上演もかなり良かったとは思うのだが、とにかく戯曲がすごすぎてこの上演はこの戯曲の魅力を全部ちゃんと引き出せているのかということについては疑問がある。

 これは1610年代初め頃に初演された戯曲で、血みどろのジャコビアン悲劇の傑作と言われる作品である。タイトルロールのモルフィ公爵夫人は若く美しい寡婦。公爵夫人の兄である枢機卿ファーディナンド寡婦である妹の莫大な財産を狙い(ファーディナンドは妹に近親相姦的に執着しているので財産だけが目当てではない)、再婚を阻止しようとするが、モルフィ公爵夫人は強欲な兄たちの言うことをきかずに自分よりだいぶ身分は低いが人柄が立派なアントニオと秘密結婚して子供を作る。これを知った兄たちは激怒し、使用人のボゾラを使って公爵夫人と幽閉したのち、公爵夫人、下の2人の子供たち、侍女のカリオラを皆殺しにする。ところが公爵夫人殺しの直後からボゾラは自分のしたことを後悔するようになり、罪滅ぼしにファーディナンドを殺そうとするが誤ってアントニオを殺害してしまう。結局ボゾラは枢機卿を殺し、ファーディナンドと差し違えて双方死亡。どうにか公爵夫人とアントニオの子供のうちどうにか生き残った長子が財産を受け継ぐことになって終了。

 これは戯曲を読んでいる時はなんかボゾラが人を殺してすぐ後悔したりするところがよくわからなかったし、公爵夫人とアントニオの善人ぶりもあまりピンとこない感じがたのだが、これが実は舞台にかけてみるとものすごく強力で台詞も美しく、人物が皆生き生きとしていることに気付いた。たぶん読んでいてよくわからなかったのは暴力描写が派手派手なわりには「良心」とかの描き方がかなり控えめでかつ世俗化(この点はあとでもうちょっと説明する)されてるからだと思うのだが、実際世の中で残虐な行為は目立つけど良心とか善行とかはあまり目立たないものであるし、もともと善良で人を疑うことを知らない人ほど圧倒的な残虐行為の前では無力であるというのは本当によくあることである。そういうことを念頭において見ると、公爵夫人やアントニオがすごくいい人たちなのにどうしてそこまで抵抗もできずにむざむざ殺されてしまうのかというのが実にわかりやすくて大変良かった。あとボゾラが公爵夫人たちを殺した直後に激しく良心の呵責に苛まれるようになるというのもなんというか「いや実は人間ってけっこうこれくらい矛盾してるんだろうな」という気がしてちょっとぞおっとした。

 この戯曲がとくにいいと思ったのは、たったひとつ世間の人と違うことをしただけでどんどん世間に排斥されてやがては殺されるところまでいきついてしまうものの、死ぬまで勇気を失わずに自分の判断を悔いなかった人を扱っているからである。モルフィ公爵夫人は何の悪いこともしておらず幸せを求めただけだが、社会的慣習と違うことをしたというだけで社会から排斥され(公爵夫人は兄からの虐待以外に世間の噂にもさらされている)、家父長制社会における兄たちの圧倒的な権力から逃れることができずに殺されてしまう。しかしながらモルフィ公爵夫人が殺されるところが大変よく書けており、死ぬ直前まで子供たちのことを気にかけ、最後まで愛と赦しと機知を忘れない公爵夫人は実は暗殺者たちの体現する価値観(圧政とか女性に対する暴力)に勝利していることが暗示されていると思う(これは昔から批評とかでもよく言われていることらしいが本当にそう思った)。なんというかこれこそ非暴力不服従の精神を称える芝居なんじゃないだろうか?

 あと所謂ジャコビアン悲劇はそういうところが結構あると思うのだが、『モルフィ公爵夫人』は『ハムレット』とかに比べて神の介在が圧倒的に少なく、良心とか道徳がすごく世俗化されていると思う。ハムレットは常に自分は神の意志に照らして正しいことをしているのか考え、神と向き合っているが、『モルフィ公爵夫人』あたりではかつては神の定めたものであったはずの規則が形式化されて神から切り離され、世俗的な社会の慣習としてだけ残っている世の中でどう自分の良心(神の定めたものではなく、自分の定めた良心)と向き合うか、が結構大きくなってきている気がする。『モルフィ公爵夫人』はかなり反カトリック的で(モルフィ公爵夫人の兄である枢機卿はとんでもない破壊坊主で教会は腐敗しきっている)ある一方、一番勇気ある人物として描かれているモルフィ公爵夫人が教会での結婚式をほとんど気にかけていないところは単に反カトリック的なんじゃなくすごく「自分の良心」に従うことを説いているように思った。

 まあそういう感じでこの戯曲は本当によくできていて現代人でもすぐ思い当たる問題をわかりやすく格調高く扱った作品だと思うのだが、このプロダクションはわりといろいろなところを控えめにしていてこの戯曲の過激な魅力を引き出し切れていないのではないか、という気もした。主演のイヴ・ベストを始め役者陣は良かったし、あとルネサンスのイタリアの街を再現したセットもとてもきれいだったのだが、演出は全体的に「とてもきちんとしている」という感じで、実はもっとけれん味たっぷりでラディカルな感じでもよかったのかもしれないと思う。ただ、精神病院の人たちのショーの場面をカットしたのは正解だったと思うな…あの場面はたぶん現代だと不快になる人もいると思うし、狂気の示すものが今と1610年代では違いすぎるから単純にワケがわからなくなって混乱するお客さんが多いだろう。