レイフ・ファインズ監督主演『コリオレイナス』〜レイフ・ファインズ(闇の帝王ヴォルデモート)とジェラルド・バトラー(スパルタ王)が血まみれになって殴り合うというだけで見る価値あります

 やっとレイフ・ファインズ監督主演版『コリオレイナス』を見てきた。日本では『英雄の証明』という邦題で公開されているらしいが、なんだねこのひどい邦題は。『ナポレオン・ダイナマイト』に『バス男』という邦題をつけたのと同等のレベルだと思うので、『ナポレオン・ダイナマイト』を『バス男』と呼ばない私は当然この映画も『英雄の証明』などとは呼ばない。

 『コリオレイナス』はシェイクスピア劇の中でもお客さんにはかなり不人気な演目のひとつだが、役者や演出家のほうはやってみたい演目なのか結構上演はされている。タイトルロールはローマの英雄ケイアス・マーシャス・コリオレイナス(ヴォルスキ人の街コリオリで功を立てたためそう呼ばれるようになる)。コリオレイナスはその傲岸な態度ゆえに市民たちの反感を買って追放され、かつての敵であったヴォルスキ人の将軍オーフィディアスと結んでローマに攻め込んでくるが、母ヴォラムニアの説得に陥落してローマと和平を結び、今度はヴォルスキ人たちに謀反だとされて殺されるという話である。渋い政治劇で笑いも少なく、登場人物もひとくせある連中ばかりであまり人間的魅力がないため、見る芝居としてはあまり人気はない。

 とはいえこの映画版はかなり良かった。なんといっても完全に舞台を現代にしたのが正解で、そのせいで全く古代ローマを舞台にした作品とは思えないほど現代の世界の政情をよく反映した映画になっている。ローマ軍もヴォルスキ軍もみんな現代の軍服を着ているし、戦車が走り市街で打ち合いがおきる戦闘描写なんか、アフガニスタンユーゴスラビアを題材にした戦争映画かと思うような気合いの入りっぷりである。はたまた不満を持った市民たちのデモや暴動(スマートフォンでコリオレーナスを撮影してるヤツまでいる!)はアラブの春ギリシャの暴動をかなり強く想起させる(大義のためにデモとかしてるはずなのにだんだん暴徒化してっちゃうとことか、苦々しいがリアルだ)。この芝居は戦争を題材にした政治劇なのでどこから誰が攻めてきてるとか情報を伝達する台詞が多いのだが、そういうのをほとんどテレビ放送に置き換えているのも適切だ。

 それで台詞はほとんどシェイクスピアの書いたものを使っているのだが、こういう複雑怪奇で暴力にまみれた現代的な政治状況の中でコリオレーナスやヴォラムニア、オーフィディアスが17世紀に書かれた台詞をしゃべっても全然おかしくないしむしろしっくりくる。この戯曲はこんなに翻案しがいのある作品だったのかと改めて戯曲の持つ可能性にびっくりした。

 ただ、全体的にかなりカットして短くしており、とくに主要な登場人物の中ではヴァレリアが全く出てこない。たしかにヴァレリアはなんで出てくるのか現代の観客にはちっともわからないのでまあカットされてもしょうがないか…という気はする(というかヴァレリアの役柄は私もなんでああなのか全然わからない。たぶんヴォラムニア=母性、ヴァージリア=妻性、ヴァレリア=処女性を表しているのだと思うのだが)。

 あと、臨場感を出すため戦闘シーンとか暴動シーンまで手持ちカメラでドキュメンタリーっぽくとっているのはあまりいただけないかも。途中で手ぶれ酔いして気持ち悪くなった。

 レイフ・ファインズのコリオレーナス、ヴァネッサ・レッドグレイヴのヴォラムニア、ジェラルド・バトラーのオーフィディアスは大変良かった。ファインズとレッドグレイヴの芸達者ぶりに隠れてなかなか目がいかないが、ジェラルド・バトラーもアンティアムの市民からは慕われているのにローマ人に対しては拷問ビデオを送りつけるなど残虐な所行を平気でやるオーフィディアス(コリオレーナスより明らかに政治家としては一枚上手なわけであるが)をけっこううまく演じていたと思う。

 で、これはシェイクスピアに興味がある人はもちろん戦争映画好きにも是非見て欲しいと思った。レイフ・ファインズ(闇の帝王ヴォルデモート)とジェラルド・バトラー(スパルタ王)が血まみれになって殴り合いとかするだけで見る価値あると思うので是非見て下さい!