ジョージ・ムア原作、グレン・クローズ主演『アルバート・ノッブズ』〜19世紀ダブリンで生きるために男装した女性の数奇な運命

 19世紀末〜20世紀初頭に活躍したアイルランドの小説家で自然主義英文学の代表的な書き手であるジョージ・ムア原作の映画『アルバート・ノッブズ』を見てきた。これは1910年代に出版された短編の映画化で、グレン・クローズが生きるために男装してそのまま男として生き続けた女性(というべきなのかトランスジェンダーというべきなのか、時代背景を考えるとちょっとよくわからないのだが)アルバートの役を演じるというもの。

 映画は原作の話にかなり似ているが、いろいろエピソードを足したり引き延ばしたりしているところも多い。ジョナサン・リース・マイヤーズがちょっとオスカー・ワイルド(というよりはワイルドの彼氏だったボウジーというべきか)っぽいリッチなゲイのホテル客の役で出演してたりとか、現代の観客に時代背景をわかりやすくするための細かい文脈付け足しみたいなのが多いと思った。ただ私は原作の小説しか読んだことないのだが、実はこれを翻案した戯曲(未読)もあるそうで、制作チームはそっちも参考しているだろうからひょっとしたら戯曲からとってきたところも結構あるのかも。

 主人公はエドワーディアン期のダブリンのモリソンズホテルでウェイターとして働いているシャイで倹約家のアルバート(グレン・クローズ)である。ある日アルバートはベッドをホテルの塗り替えにやって来たペンキ装飾職人のヒューバート・ペイジに半分貸すようホテルのオーナーであるベイカー夫人に強要される(今考えるとすごい話だがこの頃はよくあったらしい)。そこでアルバートが実は女性であることがバレてしまうのだが、なんとペイジも実は男装した女性でしかも妻帯までしていることがわかったアルバートはびっくり。自分も寂しい人生はやめて妻を見つけ、ためたお金でたばこ屋を買って幸せな家庭を築く夢を実現させようと考える。そこで目を付けた可愛いホテルメイドのヘレン(すっかり19世紀の時代劇が専門になっている感じのミア・ワシコウスカ)を口説き落とそうとするが、ヘレンには既にロクデナシイケメンのジョーという恋人がいた。ジョーはヘレンを言いくるめてアルバートに金品をせびらせようとする…という展開。これにアイルランドでのチフスの大流行やらヘレンの妊娠などが絡んでくる。

 で、とりあえずもともとのジョージ・ムアという作家がなんかすごい独特な小説を書く人で、自然主義でめちゃめちゃリアルなカネの問題ばっかり書いてるわりには手法がほとんど意識の流れ(ウルフやジョイスより早い)で前衛的だったり、あと本人がかなり変人だったらしいのでアイルランド以外ではそこまで人気がなかったりするみたいなのだが(一言で言うとジェーン・オースティンから愛と夢を取り去ってワーキングクラスにしたみたいな…)、この映画も一般ウケはあまりしないであろうカネに関する細かい話がたくさん含まれており、かつ小説同様わりと語り口が淡々としているのであまり好きになれないという人もいるかもしれない…が、私はカネと性一般の問題を正面から扱った作品としてはびっくりするほど上品でとても良かったと思う。

 この映画では性暴力と貧困から逃れるために男装したアルバートやヒューバートはもちろん、アルバートに金をせびるヘレンみたいに普通ならイヤな女として描かれるキャラクターもとても人間味がある人物として描かれているところが良い。なんというか淡々としているぶん、人の欠点といいところが両方提示されていていろいろ見えてくるものがある。例えばアルバートはこの作品の中心ですごい苦難の人生を歩いてきて観客の同情をひく人物であるわけだが、一方で中年のパッとしない男なのにヘレンみたいな彼氏持ちの可愛い若い女性と結婚できると思いこんでいるあたり、思い込みが激しすぎるしかつヘレンを愛の対象ではなく自分の幸せのための道具のように扱っている感じがして、他の人の人生に真剣にコミットできるヒューバートとは全然違うんだなという印象を受ける。このあたり、同じセクシャルマイノリティでも生きてきた人生や本人の資質によって全然性とか愛に対する考え方が違うということをさりげなくかつ明確に描き出しているんじゃないかと思った。あとヘレンとアルバートは自分が現在夢中になっていることのために他のものをないがしろにしてしまうという点では似たところのある2人で、だからああいうラストになるんではと思ったのだが…

 まあそんなわけでこの映画はなかなか良かったので、是非日本でも公開して皆さんに見て欲しい。あとジョージ・ムアはすごい作家なので代表作『エスター・ウォーターズ』をどうぞ皆さん読んで見て下さい。