グローブ・トゥ・グローブフェスティヴァル、超ハイテンションなリトアニア語版『ハムレット』

 グローブ・トゥ・グローブフェスティヴァルでリトアニア語版『ハムレット』を見てきた。リトアニアではなんと15年もロングランしている人気作で、主演はリトアニアのロックスターであるアンドリュス・マモントバス、ディレクターは本国で高い評価を得ているらしいエイムンタス・ネクロシュス。

 なんでもこの上演は7時間半くらいの超長いバージョン、4時間くらいの中バージョン、2時間の短バージョンがあるらしく、今回上演されたのは短バージョンなのだが、あまりの展開の早さに途中でついていけなくなりかけた…しかしものすごくテンションが高いのでこれを4時間やったら客のほうは拷問ではないかとも思われる。それくらい見ていて疲れる。なんかもうとにかくテンポが早いしすごく変でワケわかんなかった…のだが、つまらなかったわけではない。むしろ面白かった。
 
 まあとにかく役者が全員飛んだりはねたり小道具ぶっとばしたりとにかくハイテンションである。ハムレット(演技は大変いい。髪ツンツンのロックスターだけあってエネルギッシュ)がハイテンションなプロダクションは結構あるが、この上演ではまあ全員すごい騒ぎっぷりで、クローディアスはヤクザの親玉みたいなコワモテでテーブル殴ったりするし、ポローニアスなんかは最初ものすごい量の鼻毛を出してオッサンとは思えない機敏さで登場する。オフィーリアはパイプふかしながら兄貴のレアティーズと一緒に棺を改造した車(?)みたいなのに乗って大騒ぎで出てくるわ、ハムレットが狂乱してオフィーリアのところにやってくる場面(原作では語りで表現されるだけなのだがこのプロダクションでは実際に舞台でやってた)ではハムレットと一緒になって転げ回るわ、最初っからあまりにも強烈で暴れまわる子ネコみたいなので、狂気に陥った時「かえってふつうじゃん」とか思ってしまった…

 しかしながら感心したのは役者がみんなあんだけめちゃくちゃに動き回るのに身振りのコントロールがかなり厳格で、どう飛んだらどう落ちてどういう効果が出るとか、どういう動きをしたら客から見て可笑しく見えるとか、たぶん全部計算してやっていることである(そうじゃないと一気にあんなにたくさん役者が舞台で激しく動いているのにみんなの息がちゃんとあっているなんてことはありえない)。オフィーリアが死ぬところとかかなり様式化されていて、飛び上がったオフィーリアがそのまんまばったり地面にくずおれるという演出になっているのだが、そのくずおれ方とか客席から見ると本当に死んじゃったみたいに体がバラバラに見えて結構ショッキング…なのだがたぶん役者のほうはケガとかしないようかなり気を使って倒れているはずである。全身を操り人形みたいに使って動くのでかなり身振りが独特なのだが、ずっとバックグラウンドで音楽を演奏したり、ボイスオーバーで台詞を流したりしているので、実際に役者が台詞をしゃべっていない時でもなんとなくちゃんと場面が流れている感じになるのはちょっとサイレント映画に似ている。

 そういうわけで身体のコントロールの演技はすごいし、音響処理ともあいまって超独特の効果をあげていると思ったのだが、台詞のほうはすごい早口っぽくなったかと思えば一瞬もたついたり(全体的に早いと思うのだが)、私はもちろんリトアニア語はわからないのだがあまり台詞回しが良くないかもと思うところがあった。たぶんグローブの声が拡散しやすい特性に慣れてなくてやりにくかったのかもと思う。

 動きだけじゃなく小道具や大道具のビジュアルも結構変わっている。舞台に鉄板を置いてことあるごとにそれを蹴って大きな音をたてたり、棺みたいなのを動かしたり、椅子とかついたてとかもなんか全部王宮にしては異常に貧乏くさいが荒削りな外見で勝負するみたいなものばっかりなわりには衣装は派手で色違いのスカーフなんかをいろいろ使ったり、タデウシュ・カントールmeetsジャン=ピエール・ジュネみたいな…水と氷の冷たさが全体を貫くモチーフなのだが、ハムレットが氷の塊をたたき割ったりクローディアスがシャンデリアに吊した氷を棒で殴って割ったり、冷たくて壊れやすいデンマーク宮廷を異常な暑苦しさで表現する(???)。大きなグラスに入った水を使った演出とかは何を象徴しているのかちょっとよくわからないところも結構あり、たぶん一回見ただけでは完全には理解できんだろうと思う。

 まあそんなわけでとにかくワケのわからない魅力のあるハムレットだったのだが、ワケわからないなりにちょっと良くないかもしれないと思うところもあった。例えばクローディアスとレアティーズがハムレット暗殺計画を立てるところでガートルードが水の入ったグラスを持ってうろうろしているところは、ガートルードが暗殺計画を知っていたみたいに見えるのでちょっと良くないと思った。あと場面の順番を原作と変えているせいで、前半一時間はすごいぶっとばして劇中劇までやるのにそのあと「尼寺へ行け」の場面があって中だるみしたりするのも良くないかも。最後はまたテンポが早くなり、剣を振り回してるうちに(フェンシングの場面がまた超独特で、役者がみんなで剣を空中で振ってその空を切る音でリズムを刻む中、前面でハムレットとレアティーズがかなり形式化された動きで決闘する)様式美的にいつのまにか全員死亡していて大混乱した。というか舞台でいろんなことが起こっている間にいつのまにか国王夫妻が死亡してフォーティンブラスが到着しており、リトアニア語もわからないし舞台ではハムレットの動きを追うだけで精一杯だった私は大混乱…もっと字幕を増やして欲しかったかも。

 と、いうわけで全然ワケわからんかったのだが、同じワケわからんハムレットならこの間のバービカンのドイツ版もあってあれも相当良かったのであれに比べるとどうかなぁって気はする。あっちのほうがワケわからないなりにわかりやすかった(?)かも。しかし旧共産圏っていうのはこういうハムレットばかりなのかね…リトアニア共産主義だった頃、シェイクスピアは古典ということで上演が許可されており、非共産主義圏の作家の作品が見られるということで人々が殺到したらしいのだが、その名残でこんなにぶっ飛んだ反権威主義的な演出なんだろうか…