『マジック・マイク』(Magic Mike)〜人間ドラマとしては及第点だが、バーレスクを描いた芸道ものとしては失敗作

 かの名作『フル・モンティ』以来の男性バーレスク映画である『マジック・マイク』("Magic Mike"リンク先音が出るので注意)がイギリスでも公開されたので見に行ってきた。自称・日本で唯一のニュー・バーレスク研究者としては張り切らざるを得ない…のだがなんと映画館に行ったら私一人しかお客さんいなかった。

 舞台はフロリダ州タンパ、ダラス(マシュー・マコノヒー)が経営するヘテロセクシュアル女性向けの男性ストリップクラブ。ストーリーは部分的に主演のひとりであるチャニング・テイタムの体験談に基づいているそうで、マジック・マイクこと夜はバーレスクダンサー、昼はビジネスマンとして働くマイク(チャニング・テイタム)と、大学をやめて人生行き詰まっているところでひょんなことから男性バーレスクダンサーとして働くことになったアダム(アレックス・ペティファー)の暮らしを描くもの。

 基本的に人間ドラマとしてはかなり良くできていると思った。とりあえず話はアダムが人気に奢って転落していく様子とストリッパー生活に疑問を抱き始めたマイクの様子を対照的に描いていて結構シビアで、まあこれたぶん女性2人の話だとよくある展開ってことになりそうなのだが、主要人物2人が男性なのとフロリダの風景なんかをうまく取り入れた工夫に富んだ演出で飽きさせない。監督がスティーヴン・ソダーバーグなので、メジャーなエンタテイメント映画を撮ってるのに何かちょっとグロかったり(最後のあの豚…)ヘンだったり(終わり方の余韻とか独特)、というポイントもたくさんあるあたりがアクセントになっている。

 ショーの描写のほうもかなり気合いが入っており、バーレスクファンとしては及第点。というか、この映画ではひたすらストリップという言葉を使っていてバーレスクとかボーイレスク(Boylesque,男性バーレスクのこと)とかいう言葉は全然使ってないくせに、ショーの描写はタイトルそのまんまの『バーレスク』よりもはるかに所謂バーレスクに近い。まあ、プロが踊っているわけじゃないので『さすらいの女神たち』には負けるけど…あと音楽の選曲はすごいいい。

 ただ、この映画に出て来ているようなショーは劇場やキャバレーでやっているバーレスクよりはむしろチッペンデールズ(見たことないんだけど)とかドリームボーイズ(これはロンドンエロティカで見たことある)のショーに近く、ヘテロセクシュアル女性を対象にヘンパーティ(女性版バチェラーパーティ)とかに出張するのが仕事であまりキャバレーっぽいギミックとかは使ってないので、ロンドンバーレスクフェスティヴァルとかでやってるソロのダンサーのボーイレスクはこの数倍はアーティスティックで凝ってる。あとさすがにうちが見に行くようなバーレスクはあそこまで過激な客いじりはしないな…ボーイレスクは全般的に客いじりが激しいような気はするのだが。それから劇場でやってるボーイレスクはもっとゲイカルチャーの影響が強烈だし(ドラァグショーもあったりする)、ヨーロッパのフェスティヴァルとかで見るショーはもっとキャバレー演芸っぽかったりアンドロジェナスだったりしてあそこまでマッチョじゃない演目が多いので、あのマッチョ勢揃いみたいなのはアメリカの趣味なんだろうなぁと…

 …で、このショーのアーティスティックさの描写にあまり力を入れてない、というのに深い関わりがあると思ったのだが、私が監督ソダーバーグときいた時に思った懸念は全くあたっていた。この映画、バーレスクを「芸道」として描くことには全く興味がないので、人間ドラマとかコメディとしてはまあまあでも芸道ものとしては完全に失敗している(ソダーバーグってセックスには興味あっても芸道とか興味ない人だよね?)。この映画は男性ストリップの華やかなビジネスとしての側面ばかりを描いていて、毎年フェスティヴァルが開かれたりするパフォーマンスアート、芸道としてのバーレスクを全然描いてないと思った。

 とくによくわからないのはマイクの描写。マイクは夜はバーレスクダンサーらしく、昼はビジネスマンらしく装うという非常にパフォーマンス(社会でどのように複数の役を演じ分けるか)に気を使っている男性で、ダラスを見返すため新しい演目を考えるとか踊り手としての意識もあるはずなのに、最後アダムの姉のブルックに「30歳の男性ストリッパー」と言われて「オレはただの40歳の男性ストリッパーにはなりたくないんだ…」とか言っちゃうのだが、これってバーレスクを真剣に芸道として考えている映画ならダンサーには言わせない台詞(あるいは言ったとしてもあとで「いや、そんなことない、あれは心が一瞬折れただけ」みたいなオチになる台詞)だと思うのである。ところがマイクはブルックに影響されて「ただの40歳の男性ストリッパーにならない」ほうに決断する。ただの40歳のストリッパーって…それより年とっても踊れるダンサーさんはたくさんいますよ。

 こういう描写はまあ人間ドラマとしてはありなのかもしれないが、バーレスクの芸道としての価値を認めていないという点では全然評価できないし、ある意味「女向けのダンスは男子一生の仕事ではない」的な道徳主義、男性中心主義、あるいは芸術におけるエリート主義にもつながるものだと思う(例えば一人でもフェスティヴァルでの優勝とかを目指しているような芸道系ダンサーを描いたりしてればこういうのは避けられたと思うんだけど)。ボーイレスクを芸道として真剣にやっているダンサーもいるし、またまた演目の良し悪し(単にセクシーなだけじゃダメで、オリジナリティとか踊りのうまさも評価する)を大衆演芸の一種として一定の基準で判断しているヘテロセクシュアルの女性(+この映画には出てこないけどゲイの男性)中心のファンコミュニティもあるのに、そういう観客とダンサーの意識を真面目に描こうとはしておらず、ボーイレスクを女性向けのちょっとセクシーな色物エンタテイメントとして描写して終わらせてしまう。このあたりになんとなく、ヘテロセクシュアルの男性中心的な野次馬根性みたいなのを感じてしまって、バーレスクを真剣に愛好しているファンコミュニティの一員としては素直に受け入れられなかった。ボーイレスクをテーマにするんなら、女性の性欲と女性の鑑識眼についてもっとまともに取り組め!!

 とはいえ続編を作る予定もあるそうで、この後マイクがまたバーレスク界に戻ったりする展開ならもうちょっとまともな芸道ものらしくなる可能性もあるかなぁ…という期待はわずかながらある。まあしかし芸道ものとしては『さすらいの女神たち』やショーが全然バーレスクらしくなかった『バーレスク』のほうがだいぶよくできていることには間違いない。でも、ボーイレスクのショーがまともに撮られてるってことだけでもちろんオススメですよ!チャニング・テイタムアレックス・ペティファーマシュー・マコノヒーもそれぞれ個性が違っててキャラがよく立ってるし。

 最後にバーレスクファンとして一大鑑賞ポイントを。途中ダンサーたちが踊るカウボーイのルーティンは、今年のロンドンバーレスクフェスティヴァル、ボーイレスク国際部門で優勝したゴーゴー・ハーダー(Go-go Harder)のシグナチャルーティンであり、たぶんそれを参考にしてる。私がロンドンのフェスで撮ってきた動画があるので、映画に行く方はもうちょっとゲイカルチャー寄りでキャバレー寄りなゴーゴーのダンスも是非ご覧下さい!