♪海賊王はたのしいな〜♪キングズヘッド座でパブオペラ『ペンザンスの海賊』

 キングズヘッド座でパブオペラ版『ペンザンスの海賊』を見てきた。ギルバート&サリヴァンもパブシアターも久しぶり。実は来週同じ演目のオールメール版を見に行くので本日は予習のつもりだったのだが、想像以上に面白かった。

 とりあえず話はギルバート&サリヴァンのサヴォイオペラだけあってめちゃくちゃである。舞台は19世紀、心が優しすぎるせいで(構成員のほとんどが孤児とかなので、孤児など孤独な身の上の人に弱い)まったく儲かっていないペンザンスの海賊一味の根城が舞台。21歳になって海賊修業を終えた責任感の強い若者フレデリック。実はフレデリックの実家は息子をpirate(海賊)じゃなくpilot(水先案内人)の修業に出すつもりだったのだが乳母が聞き間違えたのでpirate修業をすることになった…のだが、この47歳の乳母は21歳のフレデリックと結婚することを企んでおり、自分は美人だとフレデリックに思わせていた。修業を終えたフレデリックは、心を入れ替え海賊退治をすることに決める。フレデリックはスタンリー将軍の三人の娘達に出会ってその中の一人である美しいメイベルと恋に落ち、自分は美人だといっていた乳母ルースが嘘をついていたことを知って激怒。そこへ海賊仲間たちが紛れ込んできてどさくさまぎれに娘達を誘拐し求婚。スタンリー将軍がやってきて、孤児である自分から老後の支えである娘達を奪わないでくれ!と懇願。親切な海賊達は娘達を解放する。フレデリックは将軍たちについていって海賊退治をすることにするが、将軍は嘘をついて孤児のフリをしたことで良心の呵責に悩んで調子が出ず、イケてる海賊たちに言い寄られてまんざらでもなかったらしい娘たちは海賊退治に向かう警官たちを「あんたたちあんな強い海賊と戦って死にに行くのね!なんて勇敢なの!」みたいな歌を冗談まじりに歌って警官たちをびびらせてしまう。ところがフレデリックは2月29日生まれで、修業の契約は21回目の誕生日までとなっていたため1940年になるまで修業の契約が有効であることがわかり、土壇場で海賊一味のほうに戻ってしまう。海賊たちと警官たちのバカ死闘が行われるが、警官たちが「ヴィクトリア女王の御名において降伏せよ!」と言うと女王様loveな海賊達は諦めて降伏してしまう(!)。そこへルースが乱入し、海賊達はおちぶれたジェントルマンなんだから許してあげて!というと将軍は「おちぶれたジェントルマン!それはかわいそうだ!」とか言って許してしまう。海賊達とスタンリー家の娘達が結婚してハッピーエンド。

 とにかくあらすじだけでどこからツッコミを入れたらいいのかわからないレベルなのだが、わざと舞台を日本にすることで直接的な批判をかわしながらねちねちと英国社会を笑いものにする『ミカド』よりも諷刺がストレートで初心者にもわかりやすく、ヴィクトリア朝の(部分的には現代まで続いている)英国の慣習をネタにしたアホなギャグに爆笑できる(ストレートなぶん危険だ、とも言えると思うけど)。ただこれが日本で受けるかというとやっぱり微妙で、『モンティ・パイソン』とか『リトル・ブリテン』を見慣れている人でないと正直きついのではという気がする。

 音楽はもちろん良い。パブなんで伴奏はピアノの連弾だけなのだが、アレンジも演奏もとても良くて全然寂しい感じはしなかった。海賊王の歌(「海賊王はたのしいな〜♪」みたいな歌詞ばっかりですごい脳天気)とか超早口の将軍の歌とか、聞き所がたくさん。ケヴィン・クライン主演時の字幕つきのものがあったので一応はっておく。

 で、プロダクションの演出のほうだが、全体としてはおとぎ話のような枠があり、これから楽しいおとぎ話をするよ!みたいな簡単な前振りが序曲の時にあって、最後もフレデリックが本をパンと閉じるところで終わる。この枠がうまく機能してるかはちょっとよくわからなかったし、最初のほうは調子がのらなくてちょっと舞台が狭いなぁ…とか思ってしまったところもあるのだが、一幕の最後のあたりからどんどん良くなり、舞台と客席の近さを生かしたパブオペラらしい親密な上演になってすっかり引き込まれてしまった。三人娘が警官をびびらせる歌とかは、文字を書いたサイコロを三人娘がかかげてひっくり返すことで'Die'とか'Death'とかいう言葉が次々と舞台中に現れてお客さん大爆笑。こういうブラックユーモアはギルバート&サリヴァンにぴったりだと思う。

 演出をしているのは海賊王役で出演しているジョン・サヴォニン(John Savournin、読み方は自信なし)なのだが、海賊王は歌も演技も大変良かった。三人娘の歌はどれも大変良かったのだが、パブオペラにしてはかなり声量があったので音響の関係で歌詞が聴き取りづらくなったのが残念だったな…フレデリックとスタンリー将軍は悪くはなかったんだけど、ギルバート&サリヴァンのコミックな男役ってすごい難しいんだなと思った。超早口の歌とかシュプレヒゲザングとか特殊なテクニックが必要だし、ちょっとした節回しの違いで笑いが削がれる。イギリスにはサヴォイオペラ専門の男声がいたりするのだがそれも当たり前なのかも…

 ちなみにイズリントンのおしゃれなパブのオペラだっていうこともあるのだろうが、結構お客さん入ってたんだけれども非白人はうちだけでお年を召した方が多く、またたぶん歌詞とかメロディを全部覚えているのであろう人々が結構いて(パブで酔ってるのもあるだろうが後ろの人は序曲にあわせて鼻歌でずっと歌ってた)、これがギルバート&サリヴァンのファンダムか…と思った。しかしこういう上演はほんとBritishなのでまた行きたいなと思う。昔はサロンなんかでピアノだけでオペラをちょっとやったりしてたんだろうが、そういう昔ながらの雰囲気が味わえるという意味でも非常によろしい。

 同じキングズヘッドで次は『トスカ』をやるらしいのでこれも予約した。あと来週はオフウェストエンドの有名劇場ハックニーエンパイアでオールメール版の『ペンザンスの海賊』を見るのでそれも楽しみ。