キングズヘッド座『トスカ』〜パブで豪華なセットが使えないのを逆手に舞台を1989年の東ベルリンに!

 キングズヘッドパブシアターでオペラアップクロースの『トスカ』を見てきた。

 とりあえずパブでの低予算上演で豪華なローマのセットとかが全く使えないのを逆手にとり、何もないところに長いテーブルやイスだけ入れて、後ろにスターリンの絵と1989年のカレンダー(というには若干お粗末だったけど)と時計をかけて舞台を東ドイツに変更。歌は英語の訳詩なのだが、警察とか政府、教会関係の詩を全部PartyとかGDRとかシュタージとかに変えて(イタリア語版を見たことがないのだがたぶんこの推測であってるんじゃないかな)、完全に東ドイツにしてある。カヴァラドッシが描いている絵は教会のための絵じゃなくていかにも社会主義!な感じの女性のプロパガンダっぽい絵画だし、スカルピアはスキンヘッドの共産党員でシュタージのボスである。この設定だけでぐんと生々しさが増えて見る方もドキドキする。たぶん『善き人のためのソナタ』なんかを美術の参考にしていると思う。伴奏はピアノ一人、いろんな管楽器をとっかえひっかえやる人一人、弦楽器一人。
 
 『トスカ』を生で見たのは初めてなのだが、話のほうはすごくスリリングで気が抜けなくて二時間くらいなのにもうへとへとになった。これって政治スリラーなんだな…話はもちろん原作と同じで、政治犯を匿ったために処刑されそうになった画家カヴァラドッシの命とひきかえにスカルピアがカヴァラドッシの恋人でオペラのスターであるトスカに愛人になれと迫り、トスカはスカルピアを刺殺。しかし助命されるはずだったカヴァラドッシは結局死刑になってしまい、トスカはスカルピア殺しで逮捕される前に自殺…という話である。最後は原作ではトスカは飛び降り自殺するらしいが、セットの関係でこの上演では自分ののどをかききって死んでた。舞台が東ドイツになったせいで、人のプライバシーとか表現の自由を尊重しない政府に対するカヴァラドッシとトスカの怒り、自由を求める気持ちにかなり焦点が置かれていると思った。

 とりあえずスカルピアの悪役ぶりがとてもよい。くそまじめでモテないお堅い共産党員でかつ仕事人間でもあるオッサンの抑圧された性欲がわりとコミカルで、最初のほうは結構笑えるのだがだんだん笑えないくらいエグく暴力的になってくるあたりがうまいし怖いなと思った。トスカもカヴァラドッシも良かったし、全体的に客席との近さをうまく使って客の同情をひきつけるような感じだったと思う。

 あと、ほとんど満員だったのだが初日だったのでたぶん出演者の知り合いや地元の人が多く、パブで酒が入っているのもあってお客さんは皆ノリノリだった。私は飲まないが、くつろいだ雰囲気で見られるのはパブオペラのいいところ。


 …しかし、この間日本でやってた『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は設定からベルリンの壁の話をなくして原発の話にしたせいでかえってダメになったらしいのだが、ベルリンの壁だってうまく演出すればこんだけリアルになるのになんでそんなことしたんだろうねえ。モダナイズする時はうまくやらないとダメだと思うんだが…