RSC、インド版『から騒ぎ』〜コンセプトがいいのに準備不足で技術が追いつかなかった典型例

 ノエル・カワード座でRSCの『から騒ぎ』を見てきた。舞台はインドに移し、主要キャストを全て南アジア系の役者で固め、ビアトリス役にはコメディのスターであるミーラ・サイアルを起用。全体的にボリウッド風味の演出。

 で、体面を重視し、華やかな結婚式などを行う習慣が残っているインドに舞台を移すことでこの話をモダナイズしようというコンセプトは大変良いと思うのだが、明らかに準備不足で技術がコンセプトに追いついてないだろっていうところが多数。なんでも6週間しかリハーサル期間がなかったらしいのだが、この規模の上演でこんだけコンセプト作り込んでるのにそれでは全然稽古が足りなかったのではという気がする。

 とりあえず美術は大変素晴らしい。現代のインドのお屋敷の中庭が主な舞台で、右手には大きな木を生やしてここに布などを吊して後方をちょっと隠したり(『から騒ぎ』は秘密が重要な芝居なのでミステリアスが雰囲気が出て良い)、ブランコを下げて恋人同士の語らいの場にするなど、いろいろなテクニックが使えるようにしてある。セットは木の枝の高さのところにバルコニーがついていて、左手には入退場できる階段もついているなど、多層になっているのでうまく使えば役者のアクションが引き立つ。最後、ヒーローの墓の場面とかではセット後方を取り払って奥行きを作るようになっており、最初は暗かった奥行きの部分が最後は照明で明るくなるとか、秘密が最後に全部明かされて解決されるというラストを視覚的にもうまく象徴してると思った。全編を彩るいかにもインドふうな鮮やかな色彩と、ヒーローの墓の場面などの白い衣服などの対比もきれいだ。

 しかしながらこんだけ「インド」というコンセプトにのっとって美術を作り込んでいるのに、細かい演出がやたら雑だ。とりあえず、この多層のセットがあまり生かされてないと思う。階段を使った入退場とか思ったより少ないし…とくにヒーローがビアトリスをベネディックに惚れさせようと罠をしかける例の場面なのだが、二階にヒーローがいて一階の中庭に電話をかけることでビアトリスにわざと会話を盗み聞きさせる、という演出なんだけど、多層のセットがイマイチうまく使われてなくてビアトリスの動きがわりと制限されてしまい、全体的にごちゃごちゃした印象になってビアトリス役のミーラのしゃべりも動きも生き生きしてる個性が全然生きてないと思った。

 それから、ボリウッド風味なのに役者の踊りが稽古不足っぽい。最初のパーティの場面ではボリウッドふうダンスがあるのだが、異性装をした男女の会話を前面に押し出した前半はわりといいと思うんだけど、踊りになるとビアトリスが会話をやめてダンスに入るタイミングとかも含めて振り付けがかなりもたついていたように思う。あと、最後の踊りもいつもグローブ座でやってる野外ダンスのほうがまだ役者が踊り慣れてる感じがあったような…まあ、この間の『雨に唄えば』を見てもわかるとおり、撮り直しもできるし編集でスピード感を増すことができる映画的なダンスを舞台で再現するのはかなり難しいと思うのだが、それでもボリウッド映画みたいにやります、というなら一糸乱れぬ華麗なダンスを期待してしまうので、もうちょっと振付を工夫し、稽古で踊りをたくさんやったほうがよかったのではと思う。

 あと、ドン・ペドロたちは国連平和維持部隊っていう設定らしいのだが、見ただけでは全然それがわからなくて、休憩時間に検索してやっとわかった(マイケル・ビリントンも最初わからなかったらしい)。この設定がきちんと視覚的に明示されてないもんで、いくらなんでも地元の名家に正装の軍服に着替えず迷彩服で押し掛けるとかちょっと礼儀に外れすぎてないか…と思ってしまった。平和維持部隊が任務を終えて帰ってきたっていうんならそりゃねぎらわれるだろうからモテておかしくない気がするんだけど、見た目だけだといきなり迷彩服にボロ荷物しょって来るとかまるで占領軍みたいだし疲れ切った感じで、あれでいいとこのお嬢さんたちにモテモテになれるとはあまり思えない…
 
 全体的に台詞が早すぎたりあるいはもたついたりすることが多く、視覚に頼りすぎなのも良くないかも。この間のアフリカ英語版『ジュリアス・シーザー』とか、スコットランド訛りのデイヴィッド・テナントとかはノンネイティヴには聞き慣れないような訛りがあってもはるかに発声がしっかりしてて台詞がきちんと聞こえてきたので、たぶんこれはインド訛りだからとかいうより単に稽古不足でみんなで台詞回しを練る時間が足りなかったんじゃないかと思う。

 ただ、ビアトリス役のミーラ・サイアルはすごく良かった。シェイクスピア劇は初めてらしいのだが、私がイメージするビアトリスに非常にぴったりで、自分の機知を大事にしている生き生きしたキャラになっていて大変面白かった。ポール・バッターチャージー(Paul Bhattacharjee、発音は全く自信なし)のベネディックも悪くはないのだが、ウィンダム座のデヴィッド・テナント版ベネディックには負けるなぁ…

 まあ見る価値はあると思うんだけど、これはむしろ芝居を普段見ない人に見てほしいかも。芝居を普段見ない人って、(1)「戯曲をきちんと読んでちゃんとしたコンセプトを立てる」ことと(2)「コンセプトを演技や演出の技術でわかりやすく表現する」ことの違いがあまりわからない人いるよね?この上演は(1)ができてるけど(2)ができなかった典型例だと思う。