魅惑の全体主義、たまにセックス〜クレイジーホース@ロンドン、『フォーエヴァー・クレイジー』

 パリの伝説的なキャバレー、クレイジー・ホースのロンドンツアー公演『フォーエヴァー・クレイジー』(Forever Crazy)を見てきた。サウスバンクの仮設劇場でやってるのだが、これが仮設なのに、というか仮設であるからこそ、というべきか、会場が全くキャバレー。玄関にあるバーはこんな感じ。

 一言で言うと、すごい全体主義だった…いや、こういうと語弊があるのだがセックスとかどうでもいい。とにかく全体主義だったのだ。まずはちょっと公式ポスターの画像を。

 これ、同じような化粧で同じような髪型の全然個性がないショーガールが並んでいてたぶんAddicted to Loveとかを意識してると思うのだが、とりあえずフォーエヴァー・クレイジーのショーはこういう完全に個性を剥奪されたショーガールの群舞と個人芸を交互にやるみたいな形で進む。

 で、個人芸のほうはどうってことないありがちなヴィンテージ・バーレスクである。どのショーガールも踊りはすごく上手いしきれいなのだが、セックスをテーマにした月並みな演目が多く、エディンバラとかロンドンでやってるそこらのニュー・バーレスクの演目のほうがずっととんがっててオリジナリティがある。例えば映画『バーレスク』の'I'm a Good Girl'を再構成した演目があるんだけど、露出度はフォーエヴァー・クレイジーのダンサーのほうが断然高いのに独創性の点では断然アギレラが勝ってて、今回のクレイジーホースのほうは毒気の抜けたかわいいセクシーダンスに見えてしまった。


 で、セックスのほうはまあこういうソロダンスが担っているとして、問題は群舞のほうである。この群舞、ほぼ全裸(ハイヒールとスキャンティ程度)で同じような化粧、同じような髪型の女性数人が舞台に出て来て、その身体に照明をあてていろいろ模様に変化をつけながら全員で同じ踊りをするという演目がほとんどである。最初、いきなりロンドンネタでバッキンガム宮殿の衛兵の帽子をかぶった女性たちがグースステップみたいな踊りをしてえっと思ったのだが、さすがにここまで露骨ではなくても、どの演目もまるで軍隊の行進のように踊りがきっちり揃っている。あまりにも統制がとれていて色気とかセクシーとかいう感じではないことが多く、とくに照明が派手な演目は肉体が物体みたいになってちっとも生身感がない。何に似てるかって言うと、スペンサー・チュニックの集団全裸インスタレーションとかに似てる。

(↑チュニックの2007年メキシコシティでのインスタレーションこちらから引用)

 で、とにかくどのショーガールも上手に踊れるし、照明の変化も驚くほど凝っていて目を見張るものがあり、芸術的な完成度はすごく高いと思うのだが、この女性の白い裸体を単なる照明を映す動くキャンバス、プロデューサーのヴィジョンを映し出すためのメディアツールとしてしか扱わない演出はものすごくグロテスクで奇妙である。それぞれのショーガール一人一人にはかなり個性があるはずで、だいたいカーテンコールだと役者でもダンサーでも一瞬役が抜ける瞬間があるので注意して見てたところ、よく見比べるとやっぱり笑顔が愛嬌あるショーガールとか、やせてて貧乳で顔も少女っぽいショーガールとか、化粧に隠れたいろんな違いがあった。しかしながらこの個性の違いはダンスの最中は一糸乱れぬ振付と照明テクニックで完全に抹消され、ものすごく均一化された顔のない総体としてしか立ち上がってこない。

 これ、クリエイターが女性の体を自分のヴィジョンを投影する媒体としてしかとらえない、という点ではすごく古典的かつ男性中心的なヌード絵画とかに近いアプローチなんだろうと思うのだが、それだけならまだしも社会主義の国のマスゲームに近いところがさらにグロテスクさを加味してると思う。とくに最初の軍隊の演目に顕著なのだが、イギリスの軍隊ってジョージ・オーウェルが言ったようにグースステップとかやらないことで有名なのにそこにまで一斉足踏みを持ち込んで均一な振付にしたがるって、まるで全体主義である。ニュー・バーレスクアヴァンギャルドな演目に見られるような女性の自己表現、画一的な美意識への諷刺なんかとは全く対極にある世界である。

 唯一、パフォーマーの個性が出ていてかつ諷刺味もあって面白かったのはスザンヌ・クリアリーとピーター・ハーディングのパーカッションの演目。2人が飲んだくれの夫婦に扮して出て来て、素手でテーブルをドラムのように叩いたりタップダンスをしたりして音で夫婦ケンカを表現する。これは寸劇としてとても笑えるものでよくできてたし、あの素手でテーブルを叩いて音を出す技術はいったいどうやってるんだろう…と、純粋にキャバレー芸として面白かった。

 そういうわけで、フォーエヴァー・クレイジーのショーはほんとなんかキレイだけどグロテスクな魅惑の全体主義だった。一度、パリでも見てみたいものだが…日本では映画が公開中なんだよね?イギリスではまだやってないのでうらやましい。