1980年代にオスカー・ワイルドがいたらどうなる?ブリクストンクラブハウス、ボーイ・ジョージ製作のミュージカル『Taboo』

 ブリクストンクラブハウスでボーイ・ジョージが製作したミュージカル『Taboo』の再演を見てきた。

 クラブの内部。私の席からとった写真なのだが、目の前の花道みたいなところから時々ものすごい勢いで役者が入ってくるので近すぎて若干危険。隣の席の人が手前のテーブルにクリスプの袋や紙コップを置いていたのだが、何度か役者が踊りながら入場して来た時に風圧でふっとばされてた。

 ストーリーのほうは1980年代のロンドン、ブロムリーから写真家を目指して出て来た若者ビリーとゴスパンク娘のキム、女装の麗人ボーイ・ジョージの三角関係を中心に、ボーイ・ジョージの成功と転落やニュー・ロマンティックス関係者のキャンプで素っ頓狂な人々の人間関係を群像劇ふうに描いたもの。かなり創作が入っており、ボーイ・ジョージやスティーヴ・ストレンジなど実在の人物が出てくる一方、ビリーとかは架空の人物らしい。

 で、なんといってもボーイ・ジョージ本人が関わっているだけあり、架空の人物や架空の出来事がいっぱい入っていてしかもデフォルメされており、またクラブで大がかりな装置も使えないのに、時代もののミュージカルとしてはえらい時代考証がしっかりしており(主に着るもの)、独特のリアルさがある。現代人でも見やすいようにモダナイズされているところも結構あると思うのだが、非常にすんなり80年代にタイムトリップできるようになっている。ただ、80年代のにーちゃんねーちゃんたちが結構時事ネタもまじえつつものすごい早口で丁々発止のやりとりをするので、ノンネイティヴにはかなり聞き取りが難しいかも。

 まずこのミュージカルを見て思ったのは、ボーイ・ジョージはとにかくソングライターとして類い希な才能の持ち主だっていうことである。自分のヒット曲の再利用は'Do You Really Want to Hurt Me?'とアンコールの'Karma Chameleon'だけで、この他引用で流れるVisageの'Fade to Grey'以外は全部一から曲を作っているのだが、どの曲もキャッチーかつキャラによくあったスタイルで書き分けられていて(ノンネイティヴで歌詞が聞き取れなくても!)非常に聞きやすい。とくにゴスパンク娘のキムが歌うナンバーとかはシンディ・ローパーに提供されててもおかしくないようないかにも80年代のキャンプな女の子ふうである。台本がきちんと人のキャラを書き分けているというのもあるのだが(女装した男がたくさん出てくるのだが、全員非常にキャラもファッションセンスも違っていてのっぺりした印象はまったくない)、歌できちんと性格がわかるというのは非常に見ていて安心できる。

 役者はみんな非常に達者で、歌も踊りも芝居も良い。とくにこの初演でオリヴィエ賞をとったらしいポール・ベイカーの客いじりは強烈で、私も最前列にいたので思いっきりいじられた。ベイカーはキャンピーなオネエ(というには他のキャラに比べると非常に地味なのだが)の狂言回しであるフィリップの役で、一幕の終盤で最前列の人たちをとりあえずかなり辛辣に民族やら性的指向やら年齢やらのネタでいじるのだが、うちは「あんたここにいるにしてはちょっと若すぎない?」って言われたのでしどろもどろになって「いやいや、年取ってんのよ…」とこたえたら「まあ、サヴィルにとっちゃ年取りすぎだわね!」と言われて場内爆笑になった。「あんた生のお魚好きでしょ?食べなさいよ!」とか言ってサーモンカナッペをくれたのだが、いつもチャイニーズだと思われるのになぜ日本人とバレたのかは不明である。あとマリリン役のアダム・ベイリーがやたらナチュラルかつ元気なドラァグクイーンで(←この言い方はおかしいと思うが)、いかにもエンターテイナーっぽい史実のマリリンよりだいぶ隣のおねえちゃん風(他の登場人物に比べるとあまりショーガールっぽくない)で、ふつうにそこらで女としてパスしてそうだと思う。デカいので、あれで市役所とかで働いてたらうちの母親に成人女子バレーボールチームに入らないかとすすめられてそう。

 で、見ていて思ったのだが、実は『Taboo』に出てくるボーイ・ジョージの物語は復活したオスカー・ワイルドの物語なんじゃないかと思う。ボーイ・ジョージの本名はオダウドで、作中にもアイルランド系なんだ、っていう話が出てくるし、まあこれは意図したものじゃないと思うのだがJudas kissがどうこうというセリフがあるのでどうしてもワイルドのことを思い出してしまう。オスカー・ワイルドの人生もボーイ・ジョージの人生も、アイルランド系の才能溢れるゲイの青年がロンドンで大成功するが風紀紊乱行為(ボーイ・ジョージはドラッグ、ワイルドは同性愛)で逮捕され、転落…という物語である。しかし、逮捕されて再出発できないほどの打撃を負ったワイルドとは違って、ボーイ・ジョージはいろいろなトラブルを起こしたりまた逮捕されたり太ったりもしたがいまだにミュージシャンとしてけっこうきちんと活動しており、はては自分の人生を自分でネタにしたミュージカルをヒットさせている。いっぺん逮捕された人が再出発できるという点で今は19世紀よりもだいぶマシな時代になったんだと思うし、あとボーイ・ジョージは精神不安定に見えるけど実は非常にしぶとく強い人なんだろうなと思う。