レオス・カラックス新作『ホーリー・モーターズ』〜古典的な世界劇場であり、インターネットの時代のSF寓話であり、男を演じることについての話でもある(ネタバレあり)

 レオス・カラックスの新作『ホーリー・モーターズ』を見てきた。私の座右の銘のひとつに「ラース・フォン・トリアーに投資して映画ができるくらいならレオス・カラックスに投資して一本も映画ができないほうがマシ」というものがあるのだが(いや、この座右の銘は私が自分で勝手に考えただけなのだが)、カラックスの映画って紛れもなく才能は感じるけどストレートに面白いと思ったことがあまりなかった…んだけれども、この映画は本当に素直にものすごく面白かった。やっぱりカラックスに投資して映画ができないほうがマシなのだ。自己言及も含めていろいろくすぐりネタが仕込まれているのだが、全く予備知識なしに見ても普通にSFとしてすごく面白く、大変機転が利いていて、久しぶりに「ワケのわかんない映画を見てワクワクする」体験ができた。なるべくネタバレしないようにレビューする…けど結構ネタバレしちゃったかも。驚きたい人は読まないで見に行って下さい。

 主演はいつものドニ・ラヴァンで、ジャンルとしてはSFである。お話はラヴァン演じるオスカルという役者を、長い白リムジンに乗ったセリーヌという女性運転手が迎えにきて仕事に連れて行くとこから始まる。どうやらこの映画におけるパリには映画とか演劇とかいうものがなく、役者は実際に街中に出て行って、一日にいくつもすごい変なシチュエーションで変なキャラクターを演じることが仕事らしい。オスカルは一日のうちに、街で乞食をしているおばあさんから始まり、ゲーム用モーションキャプチャーのモデル(どうやらゲーム?はこのパリにもあるらしい)、ペール・ラシェーズ墓地に出没し、ゴジラのテーマをバックに花を食いながらモデルの美女をさらうメルドという変なおっさん(前作の登場人物らしい)、娘をパーティ会場に迎えに行く父、姪に看取られて死ぬおじいさん、工場で知人を殺そうとして差し違えて自分も死んでしまう男、銀行家を銃殺するおっさん(これは即興で予定外の仕事らしい)などを次々と演じ、合間にカイリー・ミノーグ演じる昔の彼女(この女性も役者)と会ってちょっとミュージカルをやったりとかまあ長い一日を過ごしたあと、最後の「役柄」として朝出て来たのとは違う家に「帰って」くる。つまり、オスカルには私生活はない。全部役柄である。このあと、セリーヌがリムジン置き場まで帰っていくところでタイトルの意味がわかるオチがついている。

 ちょっといっぺん見ただけではわからないような豊かな意味の層がいくつもあり、解釈に幅がある話だと思うし、かつ自作を含めた過去作への言及がいたるところにあるので(レビューによると私が見てない作品への言及も相当あるらしい)ちょっと他の作品を見てから見返さないときちんと論じられないようにも思うのだが、一応三つの点にしぼって面白かったことを指摘したいと思う。

(1)オチ(一応秘密にしておく)からわかるようにこの映画はかなり古典的な世界劇場(Theatrum Mundi)の概念を下敷きにしていて、過去のテクノロジーとしての舞台芸術や映画に対する情愛(そしてその衰退への危機感)に充ち満ちた作品だと思うのだが、一方で一人の人間がいくつも役割を持っていて私生活でもそれを維持しているというのは、ブログやツイッターで私生活を中継するのが普通になっているインターネットの時代にも非常にわかりやすい現代的なテーマであるとも言える。あと、世界劇場の概念に向き合うところとか若干カトリック的なところも含めて結構やってることがオリヴィエ・ピィに近いかも…という気もしたし(ピィとカラックスって同年代なんだね)、過去の映画へのノスタルジアという点では『アーティスト』にも似てる(監督のミシェル・アザナヴィシウスはやっぱりカラックスと同年代らしい)。この60年代生まれのフランスのクリエイターのパフォーマンス観ってちょっと映画と演劇を横断して誰かに分析してほしい(私はフランス語ができないので無理)。

(2)SFとしてはスタージョンの「昨日は月曜日だった」(これに収録)とかにかなり発想が似ていて、世界っていうのはどうやってできているのか、ヒトの感じるリアリティというのはどうやってできているのか、というのをかなり見通しよく面白可笑しく探究していると思う。なんかすごいオーソドックスな意味でのセンス・オヴ・ワンダーを感じるので、奇想SFとかが好きな人にはオススメ。

(3)社会的にジェンダーその他の役回りというのはどうやって構築されているのだろう、というテーマを「女が女を演じる」ことを通して探究する映画って結構あると思うんだけど(『オール・アバウト・マイ・マザー』とか)、「男が男を演じる」ことを通して意識的に探究した映画となると比較的少ないと思う(『アイム・ノット・ゼア』くらいかな)。『ホーリー・モーターズ』は男というのは男という役柄なのだ、というのをドニ・ラヴァンの役者の資質にぴったりあう形で表現している作品なので、その点がとても野心的だと思う。メルドが女性のモデルさんをさらうシークエンスで大衆文化における性差別をやんわり諷刺していたりもするので(この諷刺はちょっとうまくいっているか疑問もあるのだが)、ジェンダーパフォーマンスとかを考えたい人も必見の作品だと思う。

 まあそんなわけでとりあえずメタシアターとかパフォーマンスとか世界劇場とかに興味ある人は絶対に絶対におすすめの作品である。どんな切り口で見ても面白い映画だと思うので、とにかく見に行って自分の切り口を探してください。