Greg Colon Semenza, ed. The English Renaissance in Popular Culture(『大衆文化におけるイングランド・ルネサンス』)〜ジョナサン・リース=マイヤーズの美しい肉体から魔女ホラーまで

 Greg Colon Semenza, ed. The English Renaissance in Popular Culture: An Age for All Time 『大衆文化におけるイングランドルネサンス』(Palgrave Macmillan, 2010)を読んだ。その名のとおり、現代のテレビや映画などでどのようにシェイクスピアや歴史ものを初めとしたイングランドルネサンス文化が受容されているかに関する論文を集めたアンソロジーで、たくさんのトピックをカバーしており、大変面白い。


 とりあえず冒頭の論文、ラモーナ・レイのThe Tudors(『チューダーズ〜背徳の王冠』として日本でも見られる、ヘンリー八世を主人公にしたドラマ)論からして気合いが入っている。なんといってもタイトルが「ヘンリーのデスパレートな妻たち―『チューダーズ』、史学史の政治、そしてジョナサン・リース=マイヤーズの美しい肉体」である。タイトルだけでお腹いっぱいだが、内容は現代のテレビ局や役者たちがどういうふうに歴史をモダナイズして視聴者にわかりやすいようヘンリー八世の物語をエロエロのメロドラマとして製作しているか、という話である。とりあえずヘンリー八世を演じるジョナサン・リース=マイヤーズの美しい肉体が二重の意味で伝統的なイメージを裏切っている(ヘンリー八世が恰幅のいい堂々としたオッサンではなく若々しくほっそりした美青年として提示されていることと、伝統的に女性が追わされている「見られる対象」としての美しい肉体の役割を男であるJRMが果たしているということ)というワクワクものの話から始まって、『チューダーズ』がイングランドルネサンスについての今までの映像的伝統を破るような「修正主義的」チューダー朝像を描き出す一方、視聴者向けにわかりやすくするため結構人物や出来事を変えたりあるいは非常に現代的にデフォルメしたりしていること、またまたアイルランド系の役者であるJRMにまとわりついている「セクシーで飲んだくれのアイリッシュバッドボーイ」的イメージをふんだんに利用して色悪ふうなヘンリー像を見せていることなどを示し、テレビにおける歴史叙述が正確さと創造性の間で揺れ動く様子をなかなかエキサイティングに論じている。まあしかしどうやら『チューダーズ』の商業的成功は美しい肉体と演技力を持ったJRMの役者としての力によるところが大きいらしいので、これ是非見なければ…

 この他にとくに面白かったのは第五章のマリッサ・クロトーの論文と編者であるセメンツァ(セメンザ?)による第九章。クロトーはガイ・フォークスのマスクをフィーチャーした『Vフォー・ヴェンデッタ』が火薬陰謀事件をどう意識しているかを論じていて、出版されたのが早いせいでオキュパイ運動自体には触れていないがこれはかなりタイムリーな論文だと思う。とくに初期近代研究者が皆思っているであろう「あれ、なんでガイ・フォークスそんなに英雄なん?」みたいな疑問を結構素直に書いているところもいい。第九章はセックス・ピストルズジョン・ライドンシェイクスピアの関わりについての論文で、これは私の関心ど真ん中である。


 この他、エリザベス女王もののテレビや映画についての論文が多数収録されており、『エリザベス』みたいな王道ものから『ブラックアダー』までいろいろな作品を扱っている。まあただ『エリザベス:ゴールデン・エイジ』とヒラリー・ロダム・クリントンの台頭を結びつける議論とかはちょっと強引にも思えるのだが…魔女ホラーについての論文とか意外なものも入っている。あと、第十二章はいきなり「ハリウッドはLacanianだがラスヴェガスは=Bakhtinianだ」とか言い始める論文が収録されていて、これはワケがわからなかった。バフチンを何にでも応用するな、っていう教訓を生かそう!

 そういうわけであまり面白くない論文も入っているが、全体的にはかなり興味深いトピックを扱っていて大変おすすめ。イングランドルネサンス関係者だけじゃなく、フィクションにおける歴史叙述とかに興味ある人も面白いと思う。