チャリング・クロス座『ラ・ボエーム』〜現代ロンドンを舞台にした超リアルなパブオペラ版再演

 チャリング・クロス座でオペラアップクローズの『ラ・ボエーム』を見てきた。2009年に始まったパブオペラ版の再演で、去年オリヴィエ賞をとって巡業したあと小劇場であるチャリング・クロス座に移動ということで、かなりのロングラン公演である。

 舞台は原作の19世紀パリではなく、現代のロンドンにあるたぶん大学を卒業したての青年四人がシェアしているフラットになっていて、完全にモダナイズしてある。地名も全部ロンドンに変えてあるしデイヴィッド・キャメロンをおちょくるネタが入っていたりもする(小道具の外套とかもシガレットケースとか現代的なものに変更)。なぜか日本の甲冑のポスターがはってあったりラップトップが置いてある雑然とした部屋に、いかにもアートスクールを卒業したがターナー賞っぽい流行りの絵が描けず不況で仕事がないといった感じの画家マルチェロ、小説家ロドルフォ、ギタリストでメイフェアで音楽を教えているらしいショナール、哲学者っていうかどう見ても失業ポスドクみたいなコッリーネが住んでいて、ロドルフォと愛し合って最後は病死してしまうミミは移民二世?の清掃婦、ムゼッタはシティあたりで稼いでいるおっさんを手玉にとるネオリベ時代のサバイバル肉食系美女である。このあたりの細かい設定のモダナイズがもうやたらリアルかつ巧みで(この間の『トスカ』もそうだが、予算不足を逆手にとったパブオペラのモダナイズの技術は特筆すべき)、ロンドンに住んでいる人ならすぐ引き込まれてしまうと思う。以前、オーソドックスな演出の『ラ・ボエーム』を見たとき「いや、これってネオリベ時代のシビアな話じゃん」と思ったのだが、まさにそういう演出になっていておお!と思った。

 演出はいかにもパブシアターを意識したもので、第二幕は舞台と逆側、観客席奥に設置したパブのテーブルを中心に、歌手が頻繁に劇場を出入りしたり歩き回ったりしながらやりとりし、お客さんも劇場内を歩き回りながら見るというもの。たぶん初演はパブのカウンターを実際に使ったのだと思うのだが、お客さんと歌手の区別が全然つかなくなる、すごく親近感が湧く演出で楽しい。うちが立っていたところも真ん前にムゼッタがきて香水の香りを振りまきながらオッサンの愛人を怒鳴りつけたり(このオッサンがいかにも不況時代のみんなに嫌われる間抜けな金持ちの戯画化である)、ロドルフォとミミがキスしたり、本当に身近でドラマが展開して実にワクワクする。この雑然とした親密な雰囲気はまあロンドンのパブそのまんまである。

 しかしながらこのオペラのロンドンは他のところは非常にリアルなのにどうやらNHSがないようで、無保険?のミミは最後重病で治療も受けられず死んでしまう。いやぁ、このオペラって国民皆保険の重要性と女子労働の搾取を告発した作品だったんだな…というかこれをアメリカでやったらさらにシャレにならないだろうな…

 歌手は、歌のほうはそんなにすごく上手ってわけではないがちゃんと歌えるし、あと演技はみんなすごくうまい。ロドルフォとミミが別れる第三幕や、第四幕のミミの死はすごくドラマティックで涙を誘うし、他の歌手もみんな動きが生き生きしている。とにかくオペラのくせにリアルでずっしり自分のこととして受け止められるプロダクションなので超オススメ。まだかなりチケットあるようなので、ロンドンにいる方は是非。