イングリッシュナショナルオペラ『カルメン』〜しょっぼいDVドキュメンタリーみたいだった

 イングリッシュナショナルオペラでカリスト・ビエイト演出『カルメン』を見てきた。一言で言うとしょぼいDVドキュメンタリーみたいでひどくつまらなかった。

 舞台は1970年代頃のフランコ政権下のスペイン(この間のフィガロと同じだな!)。強圧的で女をいじめることばかり考えている軍隊とかDV男にしか見えないホセとかはたぶんファシズム政権下における暴力的な男性性の発露を描きたいんだと思うのだが、ステレオタイプを避けようとしたのかカルメンがブロンドのかわい子ちゃんタイプで声も優しいし全然色気がなく、最後ホセに殺されるところまでほんとただただろくでもない男の身勝手に翻弄される哀れな犠牲者に見えて非常に気が滅入って不愉快である。カルメンのオペラ版を生で見たのはこれが初めてなのだが、カルメンって本当はもっと不屈の独立心と自由の精神を持ったワーキングクラスかつ民族的マイノリティの美女なんじゃないの…?いやまあそれはもともとの台本にも多分にDVの要素があるんだろうし家庭内暴力の被害を伝えるのは大事だけどさ、それはこのオペラでやるべきことか?ファムファタルっぽくするのは避けるにしても、もっとカルメンを強くてセクシーな女性にして、そういう男性に脅威を及ぼす女性の反逆とそれを力で抑え付けようとする男性性を対比させないと、この話は単なる安っぽい痴話げんか+悲惨なDV話だと思う。なんというか、ジェンダーステレオタイプを避けようとしてかえってジェンダーエンパワーメントが全然できなくなってしまった失敗作のように見える。

 またまた、ホセとカルメンの間にケミストリが一切ない。全く息があっておらず、この2人がセックスしてるのすら信じられないレベル(一応、露骨にセックスを暗示する演出はあるのだがそれでも私はカルメンとホセがセックスしてるって信じられなかったよ!)。全体的に色気に欠けたプロダクションで、割合ゲイテイストが盛り込まれていて半裸の兵士とか全裸男性のダンスとかが差し挟まれているのにあんまりセクシーじゃないあたりもこのビミョーさを増していると思う(衣装の露出度とプロダクションのセクシーさは全く関係ない。ものによっては反比例する)。

 まあいいところもいくつかはあり、視覚的には照明やら大道具やら凝っていたし、群衆の処理とかは鮮やかだったし、あとホセを取り戻すという決意に満ち満ちたミカエラ役のエリザベス・ルウェリンと、私のご贔屓のダンカン・ロック(モラレス役)はよかった。