イングランド人?スコットランド人?いいえ、ジェームズ・ボンドはブリテン人〜主に政治的に『スカイフォール』を見る(ネタバレあり)

 みんながあまり褒めるので『スカイフォール』見てきた。007ものを映画館で見たのは初めてだし、私がちゃんと見たことあるボンド映画ってたぶんソフィ・マルソーが出てるやつだけなのだが、『スカイフォール』はとにかく面白かった(主に政治的に)。ウィリアムとケイトの結婚にオリンピックに女王の在位記念にビートルズ50周年があって2012年は本当に「ブリテン人であること」とは何かが問われた年だったと思うのだが、最後の最後にこう来たか…という感じ。

 とりあえずまずオリンピックの開会式でダニエル・クレイグ扮するジェームズ・ボンドがエリザベス二世を連れてオリンピックパークに入場するシークエンスが放送されたことを皆様思い出していただきたい。

 とりあえず大前提(1)として、ジェームズ・ボンドのお仕事はOn Her Majesty's Secret Service(女王陛下の秘密任務)で、勤め先はHer Majesty's Government(女王陛下の政府)配下にあるMI6であるということがある。ボンドはやたら女に手が早いが、作中でも自分で言っているように愛国心と組織に対する忠誠心だけは誰にもひけをとらない男で、国民の母である女王陛下のことは絶対に裏切らない。それで映画でボンドの上司であるMを演じているのはエリザベス一世ヴィクトリア女王両方を演じている「女王役者」であるジュディ・デンチである。
 また、大前提(2)として、UK(連合王国)というのはイングランドスコットランドウェールズ北アイルランドという四つの国からなっており、近年スコットランド独立運動がどんどん力を増しているということがある。
 と、いうことで、この二点をふまえて以下のような見立てを提案したい。

M(国民の安全を守るIM6の長)→「国民の母」としてのエリザベス二世、ブリタンニア(女として擬人化されたグレートブリテン)、連合王国そのものの象徴

シルヴァ(Mに異常に執着する元スパイでたぶんスペイン系だがヘアスタイルがジュリアン・アサンジ)→経済不振でEUからつきあげをくらっているスペインと、情報セキュリティをゆるがしかつ英国の司法も混乱させてるハッカー悪魔合体

スカイフォール(スコットランドのド田舎、セキュリティがない場所、ボンドのウィークスポット)=独立論がどんどん高まっていて英国世論のホットスポットとなりつつあるスコットランドの象徴

ジェームズ・ボンドイングランドとかスコットランドといった連合王国構成地域の民族性を超えるグレートブリテンへの忠誠心の象徴

 つまり、私の見立てによると、『スカイフォール』は現在の英国政治を象徴的に表現する映画である。UKは伝統的に大陸ヨーロッパと一線を画してEUからもちょっと距離を置く傾向が強いのだが、スペインを含む不景気なEU加盟国のせいで自分たちがワリをくっていると考えている人もいる。もともとラテン系はテンション高くて迷惑なヤツららというステレオタイプがそもそも17世紀くらいからあることもあり、ハビエル・バルデム扮するいかにもオーバーアクトなスペイン系エージェントがストイックな英国の母であるMにストーカー行為を仕掛け、それを良きグレートブリテンの息子であるボンド(車を乗り換えるところで「GB」のナンバープレートがでっかく映るあたりも意味深)が守ろうとするというのはなかなか英国人の愛国心をそそる内容と言えると思う(←うち、クイーンズウェイのホワイトリーズでこの映画を見たんだけど、ハビエルのオーバーアクトにイギリス人の客はかなり笑うんだよね)。さらにハビエル・バルデムがブロンドに染めたせいでジュリアン・アサンジみたいだっていうのはイギリスの批評家もみんな言ってることであり、シルヴァはEUから不景気を持ってくるだけじゃなく情報セキュリティがらみの各種司法トラブルまで持ちこんできて英国を脅かす。シルヴァはラテン系不景気と情報セキュリティ問題というUKにとって最も頭の痛い二点が悪魔合体を起こして襲ってきたようなもんで、この悪役は実に怖い。

 で、ジェームズ・ボンドはこのスペインとジュリアン・アサンジに脅かされている連合王国の象徴であるMをスコットランドの自分の地所に連れて行くわけだが、このボンドとスコットランドの関係というのは非常にこの映画では微妙である。ボンドは前半の心理テストのところで'Country'から連想するものをきかれた時に'UK'ではなく'England'と答えるのだが、その直後に'Skyfall'(スコットランドにある実家)から連想されるものをきかれて口ごもる。またまたシルヴァに尋問される場面でもお前のEnglandへの忠誠心が…みたいな質問をされており、自分のルーツがスコットランドにあることを前半ではひた隠しにしている。ところが後半は連合王国の象徴であるMを連れてこの自らのルーツであるスコットランドのド田舎に戻って(家にPriest Holeがあるってことはあれ、ボンドの先祖は昔カトリックでかなりの名門だったんだよね?)、そこで自分のトラウマの原因であるスカイフォール屋敷を完全に破壊して子供時代と決別する。英国女王の007であるボンドがスコットランド(統一体としてのブリテンを保つ上での最大の問題箇所)をぶっ壊して自分の弱点と決別するというこのシークエンスは「スコットランド独立とかやっぱりありえない、連合王国連合王国であるからこそ強いのだ」っていう意味なんじゃないだろうか?あと新しいMであるマロリーが元は北アイルランドにいたっていうところも示唆的である。スコットランドが独立することへの牽制を含めたBritishness(「ブリテンらしさ」)の称揚っていうのは今年、エド・ミリバンドの演説をはじめとしてたくさん見られたモチーフなのだが、この『スカイフォール』も、スコットランドをUKが持ち続け、ブリテンというものを維持し続けることを狙ったストーリーラインを組んでるんじゃないだろうか?

 あと、最後に英国の母であるはずのMが亡くなってマロリーが新しいMになる、というのは、エリザベス二世が高齢になってそろそろチャールズが後釜になることが明白になってきているからそういう話になるんだろうと思う。最初はみんなから怪しまれていてボンドにも嫌われていたマロリーが思ったよりはまともそうな上司かも…っていうふうに話が進んでいくあたりはなかなかにウェールズ公チャールズの最近の評判の変遷を見ているようで意味深長である。

 まあそういうわけで私はこの話を完全に英国政治に引きつけて見てしまったので、スコットランドはどうなるのかとか全くワクワクであった。まあ、こういう楽しみ方をする人はほとんどいないだろうが…

 あとちょっとこの映画は別に英国政治に引きつけなくてもヴィジュアルを見ているだけで実にキレイな映画なのだが、、監督がサム・メンデスで『ダークナイト』とかを参考にしたらしい…んだけど、むしろマカオや上海のヴィジュアルは同じクリストファー・ノーランでも『インセプション』冒頭とかに近くない?あとアヴァンタイトル後の水を使ったオープニングシークエンスはちょっと同じダニエル・クレイグ主演の『ドラゴン・タトゥーの女』を思わせる一方、これまたスコットランド映画『トレインスポッティング』のスコットランド最悪のトイレのシークエンスにもちょっと似ているよね。それからあのハビエルの芝居がかったところは私は『シャーロック』のジムにかなり影響受けてると思ったんだけれども。

 あと全くの雑談なのだが、あのヴォクソール橋から見たMI6が爆破される場面ってロンドン市民には結構キツいですよね。テロもあったし暴動もあったし、ああいうのを見ると胃が痛くなる人もいると思う。あと、映画の中でボンドがディストリクト線のテンプル駅に出る場面、あれホームはともかく通路部分はたぶんテンプル駅じゃないと思う。しょっちゅう使う駅なのだが、テンプル駅は乗り換え駅ではないのでああいう丸い長い通路は設置されてない。それからナショナルギャラリーでQと007が会う場面、あんなところでMI6のスパイがなんかやってたらそれこそ監視員が飛んでくるんじゃないかと思うのだが…ちなみにベン・ウィショーのQはいいね!

 あと、アデルの歌はいいですなぁ。往年のシャーリー・バッシーを思わせる。