パニくるな!中つ国ヒッチハイクガイド、じゃなかった『ホビット 思いがけない冒険』

 大晦日はナーディな感じですごそうと思って『ホビット 思いがけない冒険』を見てきた。一言で言うと『中つ国ヒッチハイクガイド』だった。『指輪物語』三部作のファンの趣味にあうかはちょっとわからないのだが、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンなら絶対に面白い。

 とりあえずこの映画はマーティン・フリーマンのためにあるような作品だと思ったのだが(ピーター・ジャクソンはどうしてもフリーマンがビルボ役に欲しかったので、『シャーロック』で多忙なフリーマンの体があくまでスケジュールを調整したとか)、ジャクソンの役者を選ぶ目はまあほんとに確かなんだなと思った。っていうか、こういう役柄についてそこらのイケメン俳優とかじゃなく「ナイスガイなのになんかヘン」なフリーマンを持ってくるっていう発想がスゴい。

 とりあえず、話はマーティン・フリーマンの過去の代表作である『銀河ヒッチハイク・ガイド』や『SHERLOCK』とだいたい同じである(?)。とあるイギリスの街に自他ともに認めるナイスガイが住んでいるのだが、ある日この青年のところに素っ頓狂な男がやってきて平凡な日常からこの青年を連れ出してしまい、びっくりするような順応能力とユーモアのセンスで青年がその非日常に適応してしまう、というもの。『銀河ヒッチハイク・ガイド』では宇宙人がやってきてナイトガウン姿のアーサーを地球から連れ去り、『シャーロック』では天才でいろいろな意味で頭のおかしいシャーロックがジョンを連れ回すわけだが、今度このナイスガイのところにやってきたのは灰色の魔法使いことガンダルフである。常人(常ホビット、なのか)がガンダルフのお願いとか断れるわけないし、まあ事件に巻き込まれる素質を持っているマーティン・フリーマンだから当然冒険に参加せざるを得ない(というかビルボがガウンでくつろいでいるところにいきなりドワーフが押しかけてくるとか、これ明らかに『銀河ヒッチハイク・ガイド』を意識してるよね)。

 そういうわけでこの『ホビット』はマーティン・フリーマンの類い希なる巻き込まれ芸を見せる映画という側面がかなり強いので、シリアスな群像劇だった『指輪物語』三部作に比べると英国式のひねったユーモアが至るところに出て来ていてどっちかというとアクションコメディみたいになっている。とくにゴラムとビルボの謎かけごっことかシリアスなはずなのにどうしても『銀河ヒッチハイク・ガイド』でアーサーがネズミたちに変な質問をされる場面を思い出してなんか可笑しくなってしまう(あれ、ピーター・ジャクソンは絶対に『銀河ヒッチハイク・ガイド』ファンに受けようとしてると思う)。

 で、LOTR三部作以上に『ホビット』には女が全然出てこないのだが(台詞がある重要な役はガラドリエルだけでケイト・ブランシェットガラドリエルはなんかもう性別とか種族とかいろいろ超越しまくっていてよくわからんし)、まあ一応LOTRではフロドが「姫」だったんだけれども(詳しくはこちら参照)、『ホビット』ではまあビルボが女の子っていうかあれは『不思議の国のアリス』のアリスの役回り、あるいは聖母マリアの役回りだろうと思う。突然とんでもない任務に選ばれても普通にこなしてしまう驚くべき強靱性を持った少女というのはまあストックキャラクターの一つだろうと思うのだが、『ホビット』ではこの選ばれし者が少女ではなく独身の青年(若干中年にさしかかりつつある)である。日なたぼっこが俺の趣味村の緑を守る会にも入ってそうな保守的なイギリスの独身男であるマーティン・フリーマンが突然とんでもない事態に巻き込まれてパニクったりうろたえたりするところはヘテロセクシャル女子としてはえらいキュートに見えるのだが、ひょっとしてアリスや聖母マリアはそういう意味でヘテロ男子にはキュートなのだろうか。

 まあそういうわけでマーティン・フリーマンがキュートな中つ国ヒッチハイク・ガイドだぜ、ということなのだが、実はこれ映像的にはLOTRよりかなり疲れるかもっていう気がする。ハイフレイムレイトだかなんだかいう技法を使っているらしいのだが、CGでも異常に画面がクリアで動きが速くて奥行きがあり、画面の情報量がやたら多い(私は3D酔いするので2Dで英語字幕つきで見たのだがそれでも情報量多いと思った)。あとLOTRよりもアクションがたたみかけるように続くので二時間以上あるのにあまり気を抜く暇がない。またまた、これは編集でうまくごまかしているのだがビルボのPOVナラティヴと神の視点ナラティヴが入れかわりに出て来る構成になっていて、滑らかにつないでいるのでそんなに気にならないんだけど複数の話が違う場所で起こっていて頭の中で話を処理するのにも結構時間がかかる。まあ私は見ていて全然飽きなかったのだが、人によっては疲れる映画ではあるかも。