宇宙人ポールvsトクヴィル〜実はブロマンスだった『トクヴィルの見たアメリカ』

 レオ・ダムロッシュ『トクヴィルが見たアメリカ: 現代デモクラシーの誕生』(白水社、2012)をやっと読んだ。これはアメリカ政治の基本書として大変有名な『アメリカのデモクラシー』を書いた19世紀フランスの著述家アレクシ・ド・トクヴィルとその友達であるギュスターヴ・ド・ボモンのアメリカ視察旅行を追った一般向け歴史書である。トクヴィルだけじゃなくボモンの書いたものや、あるいは同時代の旅行記その他様々な文化関係文書を使い、2人がどういうルートで何を見ながら旅したか、そしてトクヴィルがどんだけジャーナリスト(といっていいと思うのだが)として優秀でアメリカをよく観察し、独創的な視点で分析してたか、というようなことを明らかにしていく。

  私の連れ合いが翻訳に関わっていてレビューを頼まれていたものであり、またまた品薄になって増刷されるらしいとかいう裏情報も知っているので、はっきり言ってこの記事はちょうちん記事である。

 しかしながら私が単なるちょうちん記事を書くわけはないのである(実はこのところ、書評でけなしたほうが褒めるよりもアフィリエイトで本が売れるのでやや複雑である)。私は『アメリカのデモクラシー』も読んでないし、19世紀アメリカやフランスについて人より詳しいと言えるのは演芸関係だけなので社会学とか歴史学におけるこの本の価値はさっぱりわからないのだが、とにかくこの本は2人のフランス人がアメリカ大陸を横断する時代もののブロマンスとして面白いと思う、というおそらく全く作者や翻訳者が思ってもみなかったであろうことを主張したい。

 この本、何に似てるかって言うと『宇宙人ポール』にすごく似ている。『宇宙人ポール』は2011年の映画で、イギリスに住んでいるSF作家とイラストレーター、グレアム(サイモン・ペッグ)とクライヴ(ニック・フロスト)が念願かなってアメリカで一大SFオタクツアーをする最中に宇宙人ポールに遭遇し、いろいろなトラブルに見舞われるというものだ。

 基本的にSFオタクや映画オタクにしかわからないようなギャグ、またアメリカとイギリスの習慣の違いで笑わせるカルチャーギャップコメディなのだが、グレアムとクライヴは親友であまりにも親しいため、しょっちゅうゲイカップルと間違えられるし、またまたクライヴはグレアムが道中であった宇宙人ポールと親しくなったりアメリカ娘のルースといちゃついているのに嫉妬している。かなり正統的なブロマンス(ロマンティックコメディのサブジャンルで、男性同士の同性愛ではない友情的ホモソーシャル的キャッキャウフフを描いた作品)である。

 で、『トクヴィルが見たアメリカ』は実話なのになんかちょっと話が『宇宙人ポール』に似てて、ヨーロッパから文人の親友同士、トクヴィルとボモンが長い間楽しみにしていた公用旅行に趣味と実益を兼ねてやってきて、カルチャーギャップにびっくり…というもの。アメリカの習慣に驚いたり、かわいいアメリカ娘にメロメロになったりしながら珍道中を繰り広げるのだが、2人ともかなり洗練されて人付き合いのいい人物であり、英語もそこそこできてかつ公用という肩書きがあったのでアメリカの社交界では人気者になり、いろいろな人とあったり場所を訪問したりして知識を蓄えることができたらしい。そういうわけでまあ本の内容自体は非常に真面目な「アメリカを観察する人を観察する」みたいなものなのだが、ところどころに出てくるトクヴィルとボモンのブロマンスぶりが面白い。ボモンがトクヴィルの病気を心配したりするくだりはもちろん(p. 195)、旅に熱中しすぎて報告書を出さなかったせいでフランスのボスからお目玉をくらったり(p. 132)、山あり谷ありの展開は実にコメディのようだ。この2人はあまりにも親しく、共著も書いていたため諷刺家たちに「トクモン」と呼ばれていたらしいのだが(p.260)、これって現代のスラッシャーが好きなブロマンスのカップルをペアリングする時の名前の省略し方(シャーロックとジョンがJohnlockとか、アーサーとマーリンがMerthurとか、007とQが00Qとか)と同じ発想じゃん!というわけで、私としてはこの本をスラッシャー女子必読の時代ものブロマンスとして認定する。

 ちなみに、この2人の関係がブロマンスだと思ったのは何も私だけではなく、ピーター・ケアリがトクヴィルとボモンを元ネタにしたブロマンス小説Parrot and Olivier in Americaを2010年に発表しており、これはブッカー賞候補にもなったらしい。そのうち入手して読みたいなぁ。